
労働法における賃金とは何か
労働基準法11条では、「賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」とされています。
そのため、使用従属関係を前提として、労働の対価として、使用者が支払う労働に対する報酬が「賃金」ということになります。
お店で客が支払うチップは、使用者が労働者に対して支払っているので、「賃金」とは言わないわけですね。
また、①任意的・恩給的給付、②福利厚生、③企業設備・業務費は、賃金とはされません。
任意的恩恵的な給付は賃金ではない
使用者の任意的・恩恵的な給付(慶弔見舞金など)は、労働協約、就業規則、労働契約などにおいて支給条件が明確に規定され、それに従って使用者に支払義務があるものでない限り,、賃金ではありません。
この点に関して、一時金としての賞与や退職金の法的性質が問題となります。
会社の福利厚生は賃金ではない
使用者は労働者の健康管理やモチベーション向上のために、労働者に様々なサービスを提供しています。例えば、無料レジャー施設の提供や社員に対する特別割引の人間ドックなどがあります。
これらの福利厚生は、使用者が労働者に気持ちよく働いてもらうためのサービスであり労働の対価としての賃金とはみなされません。
つまり、使用者が買い入れた労働力を有効に消費するために、労働者に対して給付する利益または費用は、労働の対償ではなく、賃金にあたらないのです。
企業設備は賃金ではない
実費弁償たる出張旅費や作業服の給付など、労働者から労務を受領して業務を遂行するため負担する有形無形の設備は、賃金にはあたりません。
チップは原則として賃金ではない
旅館や飲食店において客が従業員に手渡すチップは、客が従業員に支払うものであるから、原則として賃金ではありません。
ただし、客からのチップをサービス料として徴収したうえで、これを使用者が労働者に機械的に分配している場合は、この分配金については使用者が支払うものであり、賃金にあたります。
ストック・オプションは賃金と言えるか
ストック・オプションは、平成9年商法(現会社法)改正により採り入れられた制度であり、従業員や役員に自社株の売買を利用させ、利益を得る方法を認めるものです。
具体的には、会社が従業員や役員に自社の株をあらかじめ設定された価格(権利行使価格)で購入しうる権利(ストック・オプション)を付与し、従業員や役員が購入した株式を後日これを上回る価格で売却すれば利益を得ることとなります。
ストックオプションには、自己株式方式と新株引受方式があります。
- 自己株式方式:従業員らの権利行使に備えて、あらかじめ企業が自社株式を取得しておく手法
- 新株引受方式:従業員らに新株引受権を付与しておき、権利行使時に新株を発行する手法
株価が上昇することによって、ストック・オプションを付与された従業員や役員に利益が生じます。そのため、企業の株価を上昇させるために、従業員や役員の士気や労働意欲を向上させる効果が期待できるのですます。
会社の業績が良くなり、企業価値が高まれば、株価が上昇するため、これを売却し従業員や役員も利益を得るという仕組みです。
自社の株価が上昇すれば、ストック・オプションをもつ従業員も利益がでるので、労働意欲の向上に繋がるわけか。
ストック・オプションは賃金ではない
ストック・オプションは、労働基準法上の「賃金」とは言えないとされています。(厚生労働省通達平9.6.1基発第412号)。
ストック・オプションの権利付与を受けた労働者が権利を行使するか否か、また、権利行使するとした場合において、その時期や株式売却時期をいつにするかを労働者が決定するものです。
したがって、ストック・オプションの制度から得られる利益は、それが発生する時期および額ともに労働者の判断に委ねられていることになります。
ストック・オプションの付与は労働の対償ではなく、労働基準法上の賃金にはあたりません。
そのため、ストック・オプションの付与や行使などにあたり、それを就業規則などにあらかじめ定められた賃金の一部として扱うことは、24条(賃金通貨払の原則)に違反するものであるとされています。
ストック・オプションは給与所得(アプライドマテリアルズ事件)
ストック・オプションの権利行使利益の所得税法上の取扱いについては、これを給与所得とみうるか否かが問題となります。
最高裁は、ストック・オプションの権利が一定の執行役員および主要な従業員に対する精勤の動機付けなどのために職務遂行の対価として付与される以上、その権利行使利益も給与所得に該当するとしました(アプライドマテリアルズ事件:最判平17.1.25)。
ストック・オプションは、労働基準法上の「賃金」ではないけど、所得税法上の「給与所得」ではあるということですね。
労働基準法24条
1 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
賞与(ボーナス)は、賃金と言えるのか
賞与については、支給基準・支給内容があらかじめ労働協約や就業規則などにより明確に定められている場合は、11条の労働の対償たる賃金にあたります。
労働基準法11条
この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
賞与の支給日在籍要件・条項の有効性
賞与の支給に関して、賞与の査定対象期間には勤務していたが支給日には退職している者には支給しないという要件(支給日在籍要件)・条項の有効生が問題となります。
確かに、賞与は支給対象期間中の労働の対償として給付され、具体的請求権は支給日に在籍したか否かにかかわりなく発生するものであるとする見解があります。
この見解の場合、使用者が賞与請求権を一方的に剥奪または減額することは、生活維持の観点から許されないことになります。
しかし判例は、支給日在籍要件は、支給日の在籍者に賞与が給付されるという従来の慣行が改訂後の就業規則で明文化されたものにすきず、その内容も合理的であり、就業規則条項として有効であるとしました(大和銀行事件:最判昭57.10.7)。
ボーナス(賞与)の支給日に在籍してない場合には、ボーナスは貰えないとの就業規則も基本的に有効となります。
それじゃあ、ボーナスの直前に会社を辞めちゃったら、ボーナスを1円も貰えなくなるってこと?
少なくても、自己都合退職の場合は、会社が支給日に在籍していない社員に、ボーナスは支払わなくても問題ないとされています。
退職金は賃金か(住友化学事件)
支給基準や支給内容があらかじめ労働協約や就業規則などにより明確に定められている場合には、その退職金は労働基準法11条にいう労働の対償たる賃金にあたります(住友化学事件:最判昭43.5.28)。
ただし、賃金にあたるといえる場合であっても、退職金請求権が発生するのは当該労働者の退職時であるから、性質上、労働基準法の賃金に関する規定がすべて適用されるわけではありません。
労働基準法24条2項には、「賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。」と規定されていますが、退職時に1度だけ支払われる退職金にこの規定は、性質上適用されませんね。
退職金は後払賃金か?功労報償か?(三晃社事件)
労働者が懲戒解雇される場合には退職金の一部または全額を不支給とする旨の就業規則の規定(退職金没収(減額)条項)の有効性が、問題となります。
確かに、退職金は、算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて算定されるのが一般的です。
そうだとすれば、退職金は、過去の労働に対する賃金の後払いとみるのが相当です。
支給期間中の労働に基づいて抽象的にはすでに発生している退職金請求権を、懲戒解雇される時点で消滅させることは、24条1項ないし公序良俗に反し、無効だと考えられます。
しかし、退職金には後払賃金としての性格の他に、功労報償としての性格もあります。
判例は、会社がその退職金規則において、規則に反して同業他社に就職した退職社員に支給すべき退職金について、支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできないとしました(三晃社事件:最判昭52.8.9)。
会社が退職金の功労報償的部分を、一定の場合に減額することは認められているのです。
平均賃金はメチャクチャ重要
平均賃金とは、労働者が一定の事由によって労働しない場合にも労働者に対してなす必要のある給付額を定める基礎として算定される計算上の賃金額をいいます(12条)。
賃金は、労務を提供しなければ、賃金なしであるノーワーク・ノーペイの原則が基本にあります。
しかし以下の場合には、労務を提供していなくても、労働者に一定の金銭を支払う必要があります。
- 解雇予告手当(20条)
- 休業手当(26条)
- 年次有給休暇手当(39条)
- 災害補償(76条~82条)
そこで、労務を提供していない労働者に対して支払いを行うための基準として平均賃金が必要となるのです。
平均賃金の計算は、おおまかには「3カ月間の賃金総額÷3カ月中の総日数」で計算されます。
「3カ月間の賃金総額」に臨時の賃金、賞与などは含まれません。
また、「3カ月中の総日数」に業務上疾病休業期間、産前産後の休業期間、育児・介護休業法上の休業期間、使用期間などは含まれません。
①常用労働者の場合、算定事由発生日(賃金締切日がある場合は直前の賃金締切日)以前の3カ月間における賃金総額をその期間の総日数で割ることによって算出されます。
②その3カ月間に、業務上の負傷・疾病による療養期間、産前産後の休業期間、使用者の責に帰すべき事由による休業期間、育児・介護休業法による休業をした期間、試用期間が含まれている場合は、これらの期間は、賃金総額が少なくなるので、総日数から除外されます。
③その3カ月間に、臨時の賃金、3カ月を超える期間ごとに支払われる賃金、または通貨以外のもので支払われる賃金が支払われた場合には、これらの賃金は、通常の生活資金ではないので、賃金総額から除外されます。
労働基準法12条
1 この法律で平均賃金とは、これを算定すべき事由の発生した日以前三箇月間にその労働者に対し支払われた賃金の総額を、その期間の総日数で除した金額をいう。ただし、その金額は、次の各号の一によつて計算した金額を下つてはならない。
一 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
二 賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額
2 前項の期間は、賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する。
3 前二項に規定する期間中に、次の各号のいずれかに該当する期間がある場合においては、その日数及びその期間中の賃金は、前二項の期間及び賃金の総額から控除する。
一 業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間
二 産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業した期間
三 使用者の責めに帰すべき事由によつて休業した期間
四 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成三年法律第七十六号)第二条第一号に規定する育児休業又は同条第二号に規定する介護休業(同法第六十一条第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)に規定する介護をするための休業を含む。第三十九条第十項において同じ。)をした期間
五 試みの使用期間
4 第一項の賃金の総額には、臨時に支払われた賃金及び三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金並びに通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないものは算入しない。
5 賃金が通貨以外のもので支払われる場合、第一項の賃金の総額に算入すべきものの範囲及び評価に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。
6 雇入後三箇月に満たない者については、第一項の期間は、雇入後の期間とする。
7 日日雇い入れられる者については、その従事する事業又は職業について、厚生労働大臣の定める金額を平均賃金とする。
8 第一項乃至第六項によつて算定し得ない場合の平均賃金は、厚生労働大臣の定めるところによる。
一 賃金が、労働した日若しくは時間によつて算定され、又は出来高払制その他の請負制によつて定められた場合においては、賃金の総額をその期間中に労働した日数で除した金額の百分の六十
二 賃金の一部が、月、週その他一定の期間によつて定められた場合においては、その部分の総額をその期間の総日数で除した金額と前号の金額の合算額
2 前項の期間は、賃金締切日がある場合においては、直前の賃金締切日から起算する。
3 前二項に規定する期間中に、次の各号のいずれかに該当する期間がある場合においては、その日数及びその期間中の賃金は、前二項の期間及び賃金の総額から控除する。
一 業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業した期間
二 産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業した期間
三 使用者の責めに帰すべき事由によつて休業した期間
四 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(平成三年法律第七十六号)第二条第一号に規定する育児休業又は同条第二号に規定する介護休業(同法第六十一条第三項(同条第六項において準用する場合を含む。)に規定する介護をするための休業を含む。第三十九条第十項において同じ。)をした期間
五 試みの使用期間
4 第一項の賃金の総額には、臨時に支払われた賃金及び三箇月を超える期間ごとに支払われる賃金並びに通貨以外のもので支払われた賃金で一定の範囲に属しないものは算入しない。
5 賃金が通貨以外のもので支払われる場合、第一項の賃金の総額に算入すべきものの範囲及び評価に関し必要な事項は、厚生労働省令で定める。
6 雇入後三箇月に満たない者については、第一項の期間は、雇入後の期間とする。
7 日日雇い入れられる者については、その従事する事業又は職業について、厚生労働大臣の定める金額を平均賃金とする。
8 第一項乃至第六項によつて算定し得ない場合の平均賃金は、厚生労働大臣の定めるところによる。
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