護衛艦「たちかぜ」における自殺事案(平成16年)の東京高等裁判所の判決(平成26年4月)、横須賀所在の護衛艦における自殺事案(平成26年1月)等、自衛隊において、いじめ等に関する事案が生起した。
防衛省は護衛艦「たちかぜ」における自殺事案を重く受け止め、平成26年9月17日、防衛副大臣を委員長とする「防衛省におけるいじめ等の防止に関する検討委員会」を設置したのだ。
「いじめ」等が原因で、被害者が自殺に追い込まれるような最悪の事態を防止することが最も重要であるとの認識のもと、施策を検討した。
そして、平成28年4月、パワー・ハラスメントの防止等に関する訓令(平成28年防衛省訓令第17号)を制定・施行し、併せて、委員会 の名称を「防衛省におけるパワー・ハラスメントの防止に関する検討委員会」に変更しました。
これまで防衛省においては、パワハラ防止対策として、防衛省パワハラホットラインの設置、相談員の配置、ハラスメント防止教育などの施策を実施している。
また令和2年3月から「パワハラ」や「いじめ」の根絶を図るため、暴行・脅迫・傷害・パワハラといった行為について、処分基準の厳罰化を行った。更に、令和2年9月には、第三者である弁護士による相談窓口を設置するに至った。
しかしながら、依然として「上司・先輩職員の認識不足」「世代間のコミュニケーションギャップ」などに起因するパワハラ行為が発生している状況である。
本事例集は、実際に防衛省自衛隊で起こったパワハラの事例集だ。防衛省においてどんな行為がパワハラだと問題となり、実際にどんな処分がなされたのかが明らかにされているのだ。
パワー・ハラスメントはなぜダメなのか
パワー・ハラスメントは「人格・人権の尊重に反する」ことは理解している人が多いと思いますが、「組織を劣化させる」「精強性を損なう」とはどういうことでしょうか。
自衛隊においては厳しい指導は必要です。しかし、一方的に部下を支配するような指導は、部下のやる気を損なうことになります。
また、上司が自分が若い頃に受けたパワハラ的な指導をそのまま部下に適用しても、自分の劣化コピーの部下しか育成できません。
パワハラにせよ、セクハラにせよ、それを受けた者が働く意欲を喪失し、メンタルヘルス不調に陥れば、当人やその家族にとっては勿論、組織にとっても大きな戦力喪失になります。
また、ハラスメントが是正されない組織で勤務する者は組織に対する忠誠心が低下し、いざというときに戦力を十分に発揮できなくなります。
懲戒処分
パワハラ行為の態様等によっては、懲戒処分等や刑事罰の対象となる場合があることを改めて認識する必要があります。
令和2年3月、「パワハラ」や「いじめ」は、部隊行動を基準とする防衛省・自衛隊において、隊員間で決してあってはならないことであり、組織として「許さない」という強い姿勢を示し、その根絶を図るため、暴行・脅迫・傷害・パワハラといった行為について、処分基準の厳罰化が行われました。
身体的な攻撃によるパワハラ
人間関係からの切り離し(同期間) 【いわゆる「いじめ」とされる行為】
同期生の隊員5名中1名が、他の同期から、暴行を受ける、無視される、バカにされる、根拠のない悪評を流布される等、同期生のいじめ行為は日常的であり、かつ、徐々にエスカレートしていき、いじめ被害が継続した。
被害者のややおっとりした性格が災いし、同期生によるいじめ行為を継続的に受けるようになり、加害者は、優越感を得るために、また、被害隊員の肩を持つことで自分がいじめの対象になることを避けるために、行為をエスカレートさせていった。被害者は閉鎖的な環境である職場や内務班において孤立を深め、自殺願望をほのめかすまでになった。
本件は、当該隊員が暴行(身体的苦痛)を受けていることに加え、無視やバカにされ、根拠のない悪評を流布され精神的苦痛を受ける、いわゆる「いじめ」とされる行為がパワー・ハラスメントに該当する。
被害者のややおっとりした性格が災いし、同期生によるいじめ行為を継続的に受けるようになり、加害者は、優越感を得るために、また、被害隊員の肩を持つことで自分がいじめの対象になることを避けるために、行為をエスカレートさせていった。被害者は閉鎖的な環境である職場や内務班において孤立を深め、自殺願望をほのめかすまでになった。
本件のような行為は、表面化しにくく、かつ陰湿で継続性を有するため、極めて悪質であり、最悪の結果を招きかねない。命の尊さを認識し、このような事案を察知したならば、速やかに上司等に報告するとともに、その後に適切な処置が行われているかも注視し、再発を防止する必要がある。
また、加害者の動機が「個人的な恨み」や「いじめを楽しんでいる」等の場合、行為の内容もより悪質で長期間行われ、被害者が自殺に追い込まれる可能性があるため、通常の事案よりも迅速な対処が強く求められる。
隊員は、このような事案の早期発見に努め、発生を絶対に許さない、見逃さない強い意識を持ち、組織的な対応を図り、部隊の健全性の確保に寄与する必要がある。
無理な姿勢を長時間とらせる指導
新隊員教育隊の区隊長として勤務しているA2尉は、複数の新隊員の生活・勤務態度に緩みを感じ、反省のための指導が必要と考え、新隊員に被服を収納したバッグを持たせ、架空のイスに座る姿勢をとらせた。その結果2名の失神者及び2名の膝痛による通院者が発生した。
A2尉は、新隊員に対し、直接的な暴力行為は行っていないが、生活・勤務態度の緩みの是正を理由として、懲罰的に指導内容と何ら関係のない肉体的苦痛を伴う行為を行わせている。
この指導は、新隊員の教育指導として適正な範囲に含まれず、不必要な肉体的苦痛を与えたことになるため、パワー・ハラスメントに該当する。
直接的な暴力行為をしていない場合でも、懲罰的に肉体的苦痛を与える行為は不適切な指導であり、口頭による指導を心がけることが必要である。
同階級者に不満があるとして暴行
A士長は、B士長よりも2年早く入隊した先輩隊員であり、普段からおとなしいB士長に対し、業務や服務のあり方について、積極的に指導する等していた。
その後、B士長はA士長よりも早く3曹に昇任し、上下関係は逆転した。A士長は、B3曹が職場や内務班における士隊員への指導が相変わらず消極的であることに不満をうっ積させていた。やがてA士長も3曹に昇任したが、B3曹の変わらぬ勤務態度に我慢がならなくなり、B3曹を内務班の個室に呼び出し殴る等の暴行を加えた。
A3曹が、「先輩」としての優位性をもって、先任者であるB3曹を呼び出し、職務の適正な範囲を逸脱し身体的攻撃を加えたことは、パワー・ハラスメントに該当する。
パワー・ハラスメントには、職場の地位に限らず、人間関係や専門知識等、様々な優位性があり、上司から部下だけでなく、先輩・後輩間、同僚間や部下から上司の場合もある。
部下隊員の不安全行為を戒める指導を印象つけるため平手打ち
A曹長は、空士を中心に編成されたクルーのチーフとして、地対空誘導ミサイルの再搭載訓練を指導していた。クルーは熱心に訓練に臨み、練度も向上しつつあったが、作業手順に慣熟できていないため、時に、クルー間の意思疎通が乱れ、あわやクルーがミサイルの下敷きになりかねない、あるいはミサイルを損傷させかねないミスが見受けられた。
このためA曹長は、訓練を中断し、クルーを一同に集合させ、一人一人の作業手順、ミスが起きた理由及び改善策について丁寧かつ理路整然と解説した。さらに曹長は、特に重要な作業手順を担当する空士2名を整列させ、「本日の訓練で指導した内容は、防空任務を完遂するためにも、大切な同僚を怪我させないためにも、絶対に忘れてはならない。指導した内容を深く印象付け、忘れないようにするため、今からお前たちを1回だけ殴る。」と宣言した上で、沈着冷静に、空士2名に対し平手打ちを行った。
A曹長が空士2名を平手打ちしたことは、指導の適正な範囲を逸脱し、身体的な攻撃を与えた暴行・傷害事案であり、パワー・ハラスメントに該当する。
このためA曹長は、訓練を中断し、クルーを一同に集合させ、一人一人の作業手順、ミスが起きた理由及び改善策について丁寧かつ理路整然と解説した。さらに曹長は、特に重要な作業手順を担当する空士2名を整列させ、「本日の訓練で指導した内容は、防空任務を完遂するためにも、大切な同僚を怪我させないためにも、絶対に忘れてはならない。指導した内容を深く印象付け、忘れないようにするため、今からお前たちを1回だけ殴る。」と宣言した上で、沈着冷静に、空士2名に対し平手打ちを行った。
仮に空士2名が、A曹長による平手打ちに納得していたとしても、指導の手段として暴力を用いることは認められない。また、部下が上司による指導手段について間違っていると感じていたとしても、一般に、自ら上司に非を指摘することは難しいことに留意する必要がある。
飲酒時に部下の態度に激高して暴行
A課長は、課の懇親会の席において、酔った勢いもあり、部下のB係長に対し、日頃の業務についてアドバイスをしたところ、軽く受け流されたため、腹が立ち、B係長の肩を倒れるほど強く押した。
A課長が、酔った勢いとはいえ、倒れるほど強くB係長の肩を押した場合は、身体的な苦痛を与えていると考えられ、パワー・ハラスメントに該当する。また、「暴行」として、刑事処分や懲戒処分の対象となる可能性がある。
また部下も、酒の場の雰囲気に乗じて、他の部下の目前で上司の問題点の指摘や不満の表明等をし、上司としての面目を失わせた場合には、その行為自体が部下から上司に対するパワー・ハラスメント(精神的な攻撃)に該当する場合があるほか、上司からのパワー・ハラスメントを誘発するおそれもあり、避けるべきである。
本事例においては、勤務時間外、職場外、下から上、同階級においてもパワー・ハラスメントになり得る。
改善の姿勢が見られない部下への暴行
A3曹は他分隊の作業が遅れていることに気付き、自己判断でB士長の作業を手伝ったが、B士長の当事者意識がなく、急いでいる様子も見られなかったことから「早くやれ、いい加減にしろ。」と言いながら右肩を押した。全ての作業終了後、すれ違った際、「お前のことは許さないからな。」と言いながら、右後頭部附近を平手打ちするとともに、右肩を押した。
A3曹は日頃から、業務要領の悪いB士長に対して、先任空士として他隊員の模範となり、業務に対し率先して取り組むように指導してきたが、一向に改善されず、B士長自身が改善しようとする姿勢を見せなかったことから、肩を押す、平手打ちなどの行為に及んだ。
例え部下を成長させるための指導であったとしても、怒りの感情による、身体的な攻撃は許されるものではなく、職務の適正な範囲を逸脱しており、パワー・ハラスメントに該当する。
パワー・ハラスメントとの認識がないまま行われた暴行
A1曹は、B3曹及びC3曹に対し、元気づけ又は挨拶代わりのコミュニケーションと称して、同人らの肩、背中及び頭部等を手拳にて殴打する暴行を不定期且つ継続的に行った。また、複数の隊員の注目のある状況下において、C3曹に対し、「科の一員として認めない」旨を告知することにより、同人の人格を否定した。
A1曹は、元気づけ又は挨拶として手拳による殴打する暴行を行っており、本人としてはパワー・ハラスメントを行っているという認識はない。
しかし、行為を行った本人がパワー・ハラスメントとの認識がないとしても、手拳にて殴打する行為は、身体的な攻撃を与える暴行であり、職務の適正な範囲を逸脱していることから、パワー・ハラスメントに該当する。
また「科の一員として認めない」との仲間外しの発言は、人間関係からの切り離しにあたり、職務の適正な範囲を逸脱していることから、本行為もパワー・ハラスメントに該当する。
精神的な攻撃や過大な要求によるパワハラ
部下に大声で指導・過度の催促
A課長は、着任したばかりで、業務に不慣れなB専門官に、会議のたびに資料の作成を命じていたが、当該業務の緊急性や困難性に照らして過度に進捗状況を報告させたり、事務所内に響き渡る大声で毎日のように威圧的に指導したことにより、周囲の隊員も萎縮してしまった。
A課長が資料の作成を命じて、B専門官に進捗状況を報告させることは通常の業務の範疇であるが、被指導者の能力を考慮せず、大声で指導することや、当該業務の緊急性や困難性に照らして過度の催促をすることは、指導の適正な範囲を逸脱し、B専門官に精神的な苦痛を与えるものであり、また、周囲の隊員も萎縮するなどの精神的な苦痛を与え、職場環境が悪化することとなるため、二つの観点からパワー・ハラスメントに該当する。
部下に仕事の督促をする際には、指導の趣旨及び督促の趣旨(なぜ急いでやる必要があるのか等)を説明し部下に理解させるなどのコミュニケーションが重要である。 また、指導を行う場合は、相手の性格や能力を見極めた上で、言葉を選んで、指導の対象者のみならず、周囲の隊員に対しても職場環境を悪化させないように考慮することが必要である。
SNSを通じての誹謗中傷
A1曹は、業務上のミスが多いB士長に対して、指導しても一向に効果が上がらないことに不満を持っており、ストレス解消のつもりで、SNSの無料掲示版にB士長について「使えない奴」「存在が邪魔」「辞めて欲しい」などと悪口を書き込んでいた。
A1曹は、直接口頭により人格を否定するような言葉で指導は行っていないが、パソコンやスマートフォンのネット端末を経由して、B士長について誹謗中傷することは、B士長の人格・尊厳を傷つけ、不必要な精神的苦痛を与えていることから、パワー・ハラスメントに該当する。
また、誹謗中傷する書き込みが不特定多数に見られる環境となっていた場合は、名誉を毀損することとなり犯罪行為となる場合もある。
なおSNSへの書き込みは、公私にわたる情報を世間に公表することになることを自覚し、掲載内容によっては、予測しなかった情報の流出につながるおそれがあることから職務に関する内容を書き込むことは禁止されている。
暴言を伴う指導・部下の前での叱責
A2佐は、部下のB1尉に対し、着任以来、継続的に幕僚業務が不十分であった場合や、自己の意図を体していなかった場合、感情的になり、「バカ」「ボケ」「クビだ」等怒鳴りながら指導を行い、また、陸曹等の前においても「こんな幹部を信用するな、死ぬぞ」との発言を繰り返した。
A2佐は、直接手を出す行為は行っていないが、継続的に相手の人格を否定するような言葉を怒鳴りながら使用しており、B1尉を萎縮させ、その発言がB1尉の面目を失わせ、不必要な精神的苦痛を与えていることから、パワー・ハラスメントに該当する。
また、陸曹等の前においても侮辱ともとれる発言を行っており、発言を聞いた陸曹等が不快に感じるなどの職場環境を悪化させることにもなり、パワー・ハラスメントに該当する。
指導に当たっては、指導対象者及び周囲でその指導が耳に入る者に対して、指導の趣旨や目的がわかるように説明することが必要である。
また部下の立場も考えて、相手の性格や能力を見極めた上で、言葉を選んで、人格を否定するような言葉を使用せず、できる限り人前で叱らないようするなどの配慮が必要である。
指導中に物を投げる威圧的な指導
A2佐は、部下のB1尉を指導中、初めは冷静に会話をしていたが、B1尉の受け答えが曖昧なところがあったこともあり、だんだん腹が立ってきて、B1尉の近くにあったソファーに向かって報告資料のはさんであるバインダーを投げつけた。
A2佐がB1尉に対し、直接手を出す行為は行っておらず、バインダーをぶつけたわけではないが、指導中にものを投げつけることは、指導の適正な範囲に含まれない威圧的な指導にあたり、パワー・ハラスメントに該当する。
指導する際は一呼吸おいて、常に自身の感情をコントロールして冷静に部下の状況や能力を見極めた上で適切に指導する必要がある。
指導中に土下座をするよう示唆する強要的な指導
A曹長は、以前からB3曹の勤務態度について、指導が必要であるとの認識を持っていた。
B3曹を指導した際、言い訳をする、指導を受ける姿勢も悪い等、反省の色もなく改善の意欲も見られないと感じたため、大声で「俺がお前の立場だったら土下座している」等繰り返し発言したことから、結果としてB3曹を土下座させることとなった。
A曹長はB3曹に対し、土下座するように直接指示、「死ね」「辞めろ」等の人格を否定する発言で指導は実施していないが、大声で繰り返し土下座を強要するような発言を行ったものであり、その指導は不必要な精神的苦痛を与えていることから、当該行為はパワー・ハラスメントに該当する。
明確な指針、具体的な不備事項を示さない指導
A3佐は、B1尉が策定した訓練実施計画に関する指導の際、計画の内容が気にいらなかったことから、意図的に計画の不備事項や修正に関する明確な指針を示さず、何度もやり直しを命じた。
B1尉は、指導を受けている1週間、毎晩徹夜で業務を実施した。
その結果、その他の業務も遅れ、多大な精神的・身体的な負担を抱えることとなった。
A3佐が行った指導は、何の腹案もなく、内容が気に入らないからと否定するばかりでは、部下に対して精神的苦痛を与え、部下の意欲を減退させることとなり、適切な指導とはいえず、パワー・ハラスメントに該当する。
人材育成の観点から部下に自ら考えさせるため、あえて初めは指針を示さずやらせてみる場合も、上司は腹案を持ち、部下の対応について適切な改善策や具体的アドバイスを与えることで、その目的を達成することが必要である。
部下に「日頃の態度が悪い」と叱責するメール送信
B3尉は、どちらかと言うと自信過剰な性格であり、何かにつけて鼻にかけた物の言い方をするほうであった。
そんな性格を気に入らないA1尉は、B3尉に対して、何回も「日頃の態度が悪い」と叱責するメールを送っており、しかも、そのメールには、他の同僚や後輩が、メールのCC(受報者)に入っていた。
A1尉が、B3尉に性格が気に入らないという主観に基づき何回も叱責のメールを送信することや当該メールを他の同僚や後輩にも送信することに合理的理由がない場合、見せしめによる制裁的要素が強く、パワー・ハラスメントに該当する。
上司が部下指導の一環として叱る場合は、状況により部下の立場も考えて、できる限り関係のない人に知られないように叱るなどの配慮が必要であり、また、指導の真意が伝わるように、出来るだけメールではなく直接指導することが望ましいと考えられる。
財布の管理が不適切とし金銭を繰り返し要求
A2曹は、内務班長として、内務班倉庫の整理作業を行った。
この際、班員Bの衣装ケースの中から班員Bの財布が出てきたため、財布の確実な保管を指導した。
さらにA2曹は、ペナルティを課す目的で金銭を繰り返し要求し、班員Bに精神的苦痛を与えた。
ペナルティと称して金銭を繰り返し要求することは、職務の適正な範囲を逸脱し、精神的苦痛を与えたことから、パワー・ハラスメントに該当する。また、恐喝に当たるおそれもある。
内務班長が、班員の金銭管理を指導すること自体は適正である。また、団体生活を行う内務班においては、金銭管理の不備から窃盗事案を誘発したり、あるいは無実の隊員が疑われ部隊の士気が低下する等、任務遂行に与える影響も観過できない。
継続的に大声で怒鳴る指導
中隊長であるA3佐は、現場の意見を全く聞かず、小隊長への指導の際には、高圧的に大声で怒鳴る指導を続けている。人格否定などの暴言はなく指導を受けている小隊長自身も不満をもらしていないが、その行為を見ている職場の隊員は、委縮するなど、職場環境が著しく悪化した。
指導を受けている本人がパワー・ハラスメントと認識していないとしても、毎日のように大声で指導を続けることで、周囲の隊員が委縮するなどにより、職場環境の悪化が認められる場合は、パワー・ハラスメントに該当する。
後輩に対する「いじめ」、「いじり」
艦艇乗員であるA3曹は、塗装作業実施中、後輩である3名の士長に対し、面白半分に作業服やヘルメットにペンキを塗るとともに「お前の作業服汚いな。」などと発言した。
行為を行った本人がパワー・ハラスメントとの認識がなく、冗談のつもりであっても、職場の先輩・後輩の関係という職務の優位性があり、作業服やヘルメットにペンキを塗る行為は職務の適正な範囲とはいえない。
このような「いじめ」や「いじり」とされる行為についても相手に身体的・精神的な苦痛を与える行為であり、パワー・ハラスメントに該当する。
部下に対する暴言、過大な要求、職場の雰囲気を害する発言
A1佐は、部下である複数の職員の仕事の出来が悪かったので、部下に対し、「ボケ」「死ね」「日本語わかりますか。」等の発言のほか、夕刻に130名分の人事関係書類を翌朝までに修正するよう命じるなど、精神的苦痛を与えた。また、「自分が1尉の頃はもっと残業した。」旨の発言を度々行い、職員が定時退庁し難い雰囲気を醸成した。
業務上不手際のあった部下に対し、上司が指導を行うことは当然であるが、部下の人格を否定するような発言をする行為は適切な指導とは言えず、パワー・ハラスメントに該当する。
また到底達成することが出来ない仕事を行わせることは、過大な要求であり、職務の適正な範囲とは言えず、パワー・ハラスメントに該当する。 なお、指導の結果、修正が予想されるような業務については、上司自身も業務の進捗スケジュールについて、適切に管理することなどが求められる。
更に職員が能力を発揮できる健全な職場環境を管理者自らが阻害し、職場環境を著しく悪化させる言動(残業を前提とした発言)についても、パワー・ハラスメントに該当する。
自身のこれまでの経験において、共通の「常識」として考えられていたものが、現在においても共通の「常識」として認識されているとは限らないことから、世代間の認識のギャップがある部下・後輩とのコミュニケーションにおいては注意が必要である。
起立させたままの状態での長時間にわたる威圧的な指導
クルーのチーフであったA3曹は、B士長に対し、「仕事が遅いからお前にはやらせない。」等、粗暴な発言をするほか、1時間以上にわたり、起立させたまま威圧的な指導を実施した。また指導の際は、他の隊員を退室させ、二人きりの密室で指導しており、他の隊員が業務を遂行できない等、不快感を与え、職場環境を悪化させた。
A3曹は特技に関する指導や、自衛官としてのあるべき姿を理解させるため指導していたもので、自身がパワー・ハラスメントを行っているとの認識はなかった。
しかしながら、A3曹はクルーのチーフという優位性を利用し、継続して不適切な指導を行っており、たとえ、部下の能力を勘案した指導・業務の分配であったとしても、職権を持つ上司が、相手の尊厳を傷つけるような発言をすることは、精神的な攻撃に該当し、パワー・ハラスメントに該当する。
また実際に本人に仕事を行わせなかった場合には、過小な要求にも該当する可能性がある。
更に長時間にわたる起立させたままの威圧的な指導についても、職務の適正な範囲とは言えず、精神的若しくは身体的な苦痛を与える行為であり、パワー・ハラスメントに該当する。
大声での叱責による職場環境の悪化
急ぎの案件を処置するため、資料を入手しなければならないにも関わらず、部下であるBが調整先との電話で本題になかなか入らないため、その状況を見かねた上司のAが「ふざけてんじゃねえよ。」と大声で怒鳴った。また、急ぎの案件を対応している最中、部下であるCが雑談(時間にして数分間)をしていたため、Aが「ヘラヘラするな。ふざけるな。」と大声で怒鳴った。
AのBに対する指導の趣旨自体は否定できないものの、このケースのように、上司が感情的になり、部下を怒鳴る行為は、部下を委縮させる精神的な攻撃に該当し、適切な指導とは言えず、職務の適正な範囲を逸脱している。
また他の隊員がいる状況において、部下に対して大声で叱責する行為は、周囲の隊員に対しても精神的苦痛を与え、職場環境を悪化させている。
以上、2つの観点からパワー・ハラスメントに該当する。
部下の能力向上のための指導中における人格否定
A3佐は、B2尉はそれなりの経験があるものと認識し、更なる能力の向上をさせたいと思い指導していたが、指導中、複数回にわたり「アホか」等の人格を否定する不適切な発言を行い被害者に精神的苦痛を与えた。
被害者は、体調不良のため精神科を受診し、「ストレス関連障害(反応性抑うつ状態)」と診断された。
行為を行った上司がパワー・ハラスメントとの認識がなく、部下を成長させるために指導していたとしても、複数回にわたり人格を否定する発言は、精神的な攻撃に該当し、職務の適正な範囲を逸脱して精神的苦痛を与えていることから、パワー・ハラスメントに該当する。
人間関係の切り離しによるパワハラ
上司を軽んじる態度を取り、職場の雰囲気の悪化
A技官は、同じ職場に10年以上勤務しており、親分肌の性格で、後輩職員から公私ともに頼りにされるような存在であったため、歴代の科長は、そのような状況を考慮し、A技官を他の技官と比べて、気を使って接していた。
新任の科長であるB事務官は、そのような風潮を良しとせずに、特段そのような配慮を行わず、業務命令を行っていたところ、A技官は、他の部下のいる場で、「はいはい、分かったよ、科長さま」と侮辱的な受け答えをしたり、「それは私の仕事ではなく、科長がすべき仕事ですよ。」と言い訳をしたり、時には、わざと1度目は聞こえないふりをして返事をしないなど、無視した。その影響で他の部下もB事務官を軽んじる雰囲気となった。
A技官のB事務官に対する行為は、A技官がB事務官よりも同じ職場に長年勤務している優位性を背景に行われた行為であり、B事務官の孤立化、人間関係からの切り離しにあたることになり、また、他の部下もそれに影響され、B事務官を軽んじる職場の雰囲気となり、職場環境を悪化させているため、二つの観点からパワー・ハラスメントに該当する。
指導と称して部下に過大な仕事の要求(反省文)
A班長は、何度注意しても仕事のミスが直らない部下のB事務官に対して、口で指導すれば事足りるような軽微なミスに対してもその都度、いやがらせのため膨大な量の反省文を書かせるように指導した。
上司が問題を起こすなどした部下に対して業務上の注意・指導の一環で書面の提出を求めることは問題ないが、あまりにも軽微な過誤に対し、継続的に悪意をもって反省文を求めることは、その必要性の観点から業務上の指導の範囲を逸脱しているとともに、不要な身体的・精神的負担を与えるため、パワー・ハラスメントに該当する。
なお何回指導されても改善できない、他人の気持ちが理解できない、他人に物事を伝えるのが苦手で誤解されやすいといった傾向が強い場合、それはその人が生来的に持っている特徴の可能性がある。 そのような場合には、本人の特徴に合わせ、指導方法や業務分担を見直すなど、本人の特徴を踏まえた対応が必要である。
指導と称して部下に過大な仕事の要求(業務の押しつけ)
A課長が部下の課員Bに「お前は将来、人の上に立つんだから」と言い聞かせ、本来は他の課員が行うべき膨大な業務を課員Bに押しつけた。課員Bは自分の業務を終了してから取りかからなくてはならなくなり、帰宅できないような状況が続き体調を崩した。
行為を行った上司がパワー・ハラスメントとの認識がなく、部下を成長させるために指導していたとしても、体調を崩すほど著しく膨大な業務をおこなわせる行為は、過大な要求であり、パワー・ハラスメントに該当する。
特定の部下に過小な仕事の要求(仕事を与えない)
B事務官は異動したばかりで、所属する班は残業の多い部署であった。
ある日、B事務官は従来の業務のやり方が非効率な部分があると感じていたため、業務改善に関する提案を自主的に作成して提出したところ、A班長から「余計な事をするな」と突き返された。それ以降、A班長は「あいつとは相性が合わない」と言って、お茶くみ、ゴミ捨て、新聞の切り抜き以外の一切の仕事をB事務官に与えなかった。
業務改善の提案に対して、それが気に入らないことを理由に、A班長がB事務官に仕事を与えなかったのは、過小な要求にあたり、パワー・ハラスメントに該当する。
部下には差別なくその能力や役職等に見合った仕事を与える必要があり、合理的な理由なく仕事を与えないことは許されないことに留意する必要がある。
上司が部下の趣味を悪意をもってやめさせる
B2尉は、油絵が趣味で、課業時間外や休日には油絵を描いていた。
上司であるA科長は、平素からB2尉の仕事ぶりに不満を持っていたことから、B2尉が油絵を趣味としていることを知った以降、B2尉へ悪意をもって「自衛官として油絵の趣味は相応しくない」、「俺は格闘技が好きだから、油絵を描く暇があったら、格闘技をしたらどうだ」と頻繁に言うようになった。
その後、A科長は、油絵をやめようとしないB2尉に対し、「もう油絵なんかやめろ」と厳しく指導・命令するようになり、結局、B2尉は油絵をやめてしまった。
B2尉は、余暇を利用して趣味に講じているものであるが、A科長の行為は、職務上の適正な範囲を超えて、B2尉の趣味を強制的にやめさせたものであり、パワー・ハラスメントに該当する。
パワハラに該当しない事例
指導に激高した部下を制止
A班長が、部下のB3曹に対する指導中、その指導には全く問題がなかったが、B3曹が突然激高し、A班長の胸ぐらをつかもうとした。
驚いたA班長は、とっさに手を払いのけようとしたが、偶発的にB3曹の顔面に手が当たってしまった。
A班長の指導に全く問題がないにも関わらず、B3曹が突然にA班長の胸ぐらをつかもうとしたため、これに反応し払いのけただけであり、顔面を殴る意図及び過失が無いのであれば、パワー・ハラスメントには該当しない。
なお、A班長の適切な指導に対し、B3曹が反抗し胸ぐらをつかもうとした場合には、上司に対する反抗不服従の疑いがある。
緊急を要する状況における肩を叩く行為
潜水艦の定期検査後の確認運転において、哨戒長であるB1尉が実施要領とは異なる針路・速力を令したため、それを認めた艦長(A2佐)が、B1尉の肩を平手で3回叩いた。
本件における状況として、潜水艦の主機確認のための全力運転中であったことから、風雨に曝される潜水艦の艦橋は風の音で艦長の声が届きにくいという特性があった。
全力運転中の誤った操艦号令は、重大な事故に直結することから、意図を迅速かつ確実に伝達する必要がある。肩を叩いた目的に懲罰的意図は認められず、職務の適正な範囲であることから、パワー・ハラスメントには該当しない。
「職務の適正な範囲を超える」言動であるか否かは、個々の具体的状況(言動の目的、当該言動を受けた職員の問題行為の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、職員の属性や心身の状況、行為者との関係性等)を踏まえて総合的に判断されるべきものである。
例えば、一瞬の躊躇が人命に関わる場面では、厳しい指導・指示を行うことはパワー・ハラスメントには当たらない場面もあり得るが、そのような場面が生じることがある職種であっても、そのような切迫性がない場面における言動については、その場面における「業務上必要かつ相当な範囲」を超えたかどうかの判断を行うことになる。
部下隊員を長時間拘束
艦長(2佐)は、同日が、秘密保全検査の報告書の提出期限である旨の説明を副長から受け、夕方に担当者から報告を受けるとともに件数確認行ったが、確認方法が前回の検査から変更されていたにも関わらず、以前のやり方で報告書が作成されていたため、担当部署において再度、件数確認を実施し、報告書を修正する必要が生じた。
修正作業終了後、艦長は改めて件数確認を再開し、翌日の0200頃、報告書の決裁を終了した。
艦長は、確認作業が終了するまでの間、報告書の作成に従事した複数の部下隊員を長時間にわたって拘束した。
同報告書は、提出期限当日の確認となったことに加え、担当者らの事前の準備が不十分であり、確認方法の変更など、決裁に時間を要したためであり、艦長の行為は、職務遂行上の合理性が認められることから直ちにパワー・ハラスメントに該当するものではない。
ただし部下を長時間拘束する行為は適切とは認められず、上司には、事前に作業の進捗状況を適宜確認する等の配慮が求められる。
特定の部下に過小な仕事の要求
A課長は、B専門官に対して、ミスが多く、指示したとおりに作業をしない、重要な報告を怠る、嘘をつくといったことを理由に、B専門官の担当業務を前任者が担当していた業務から変更し、担当範囲を狭くした。
また、必ず同僚にフォローさせて、一人で作業させないようにしていた。これに対しB専門官は、課長の行為を「パワー・ハラスメント」として苦情を申し立てた。
A課長が、部下の能力を踏まえて、業務遂行上の合理的な理由により、適切な範囲で業務の割り振りを行っているため、パワー・ハラスメントに該当しない。
ただし一方的に業務分担を変更した場合、部下の自尊心を傷付け、精神的苦痛を感じたとして、パワー・ハラスメントと感じてしまう可能性があるため、部下に対しては、業務分担の変更について、部下の理解を得られるよう丁寧に説明する必要がある。
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