
働くことは多くの人にとって自分らしく人間らしく生きるうえでの活力であると同時に、生活の糧でもある。
労働法では性別や生まれながらの社会的な身分による差別を禁止している。
それでも人によって賃金も違えば、役職などで労働者としての立場も様々だ。
営利を目的とした会社組織で働くうえで、個々の労働者に様々な差異が生まれることは致し方ない。
労働法が禁止している労働者差別とは一体どんなものだろうか。
許される区別と許されざる差別の境界線に迫ろう。
労働基準法は、何のためにあるのか
労働基準法の目的は、労働者の労働条件の保護です。
使用者が労働者を過酷で非人間的な環境で働かせるようなことがあってはなりません。
そのため、労働基準法の1条1項では「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない。」と規定されています。
労働者の「人たるに値する生活」を保障し、非人間的で常軌を逸した過酷な労働を回避することが労働基準法の最大の目的であるともいえます。
この労働基準法で定められている労働条件等は、あくまで使用者が守るべき最低限の基準です。
したがって、労働基準法よりもさらに好条件の労働条件を適用することは、積極的に推奨されるべきものです。
労働基準法の2条2項には、「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。」と規定されています。
労働者にとってより有利となるような労働条件を追求することが、労働基準法の目指す理念です。
社会的身分による労働条件差別は禁止
労働基準法の3条では、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」とされております。
実際には同じ会社に勤めていても、営業職と事務職で給与格差があったり、役職や勤続年数などでも待遇格差があるのが普通です。
確かに、これらの職務内容や勤続年数、役職などでの待遇格差は、社会的身分による差別に該当するとも思えます。
しかしここでの社会的身分とは、生まれながらの身分を指し、後天的な職業上の地位を含まないとされています。
したがって、雇われる際の職種や立場であったり、実際に雇われた後に勤続年数や役職などで待遇が変わるのは、労働基準法に反しているとは言えないのです。
また、同様の仕事をしている正社員と非正規社員の同一労働同一賃金が叫ばれていますが、企業に採用される際に正社員として雇用されるか、非正規社員として雇用されるかは、あくまで後天的な地位の違いですので、少なくても社会的身分による差別には当たらないことになります。
信条による労働条件差別は禁止
労働基準法の3条では、「使用者は、労働者の信条を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」とされております。
信条とは、その人が信じているもののことであり、宗教などが思い浮かびます。
ここでの信条には、政治的信条も含まれるとされています。
したがって、労働者が特定政党に所属することを理由としてなされる解雇は本条に違反し、民事上もその効力を否定されます。
また労働契約に政治活動をしない旨の特約がある場合、その特約は有効か否かが問題となります。
確かに、政治活動は労働者の信条にかかわる問題であるため、政治活動をしない旨の特約は、労働者の信条を理由とした差別的な取り扱いと思われます。
しかし判例は、特定の信条に従って行う行為が企業秩序の維持に重大な影響を及ぼす場合に、その秩序違反行為を理由に差別的取扱いをすることは,、労働基準法3条の信条を理由とした差別にはあたらないとしています(判例・通説)。
したがって、労働者が行う政治活動が企業秩序の維持に重大な影響を及ぼす場合に、その政治活動を禁止することは、労働基準法3条の禁止する差別には当たらないのです。
採用差別は許される(三菱樹脂事件(最大判昭48.12.12))
労働基準法の3条では、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」とされております。
この国籍、信条又は社会身分による差別的取り扱いの禁止に関しては、労働契約成立後の労働条件に限られ、採用は労働基準法3条の労働条件に含まれないとするのが、判例(三菱樹脂事件、最大判昭48. 12.12)・通説です。
一方で、解雇する場合には労働基準法3条の適用があり、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、解雇してはならないとされています。
つまり、国籍、信条又は社会的身分を理由として、労働者の労働条件等を差別してはならないのは、あくまで採用後の話です。
採用の段階において、国籍、信条又は社会的身分を理由として、労働者を選別することは、何ら問題ないと解されています。
男女同一賃金の原則
労働基準法の4条では、「使用者は、労働者が女性であることを理由として、賃金について、男性と差別的取扱いをしてはならない。」とされております。
賃金に関する差別的取扱いの例としては、男女別賃金表の設定、住宅手当や家族手当の男性のみへの支給、男性は月給制なのに女性は日給制とすることなどです。
一律に男性は月給制、女性はとする日給制とする賃金制度を採用した場合、日給制ではその月の勤務日数で給与の違いが生じ、土日祝日が多い月は給料が少なくなります。
また労働基準法4条が禁止するのは、およそ「女性であること」を理由とする賃金差別ですので、年齢、勤続年数、職種、能率、作業条件などの違いに由来する賃金の違いは、禁止対象ではありません。
たとえば、賃金差別が「特定の女性労働者」の職務・技能・能率などに基づいてなされた場合は、労働基準法4条違反とはならないのです(通説)。
結婚退職制や女子若年定年制は禁止されるの?
労働基準法の4条は、女性であることを理由とした賃金の差別のみを禁止していますので、賃金以外の差別が許されるのかが問題となります。
例えば、女性社員が結婚したら退職する制度だったり、男女で異なる年齢での定年を設定していたりする場合、少なくても労働基準法4条違反とは言えないことになります。
裁判例は、結婚退職制や女子若年定年制などの労働契約に関して、憲法14条の平等原則を考慮し、民法第90条の公の秩序に違反するものとして無効であるとしました。
少し難しい話ですが、憲法は国家を統制する法律であり、私人間に直接適用されることはありません。
労働者と雇用者の間で締結される労働契約も、私人間の契約であるため、憲法が直接適用されることはないのです。
そこで考え出されたのが、憲法の理念を民法を媒介して適用するという手法です。
民法90条は、公序良俗に反するものは無効であると定められた抽象的な規定です。
この民法90条を使えば、あらゆる行為を公序良俗に反するから無効ですと結論付けることができてしまう魔法の条文です。
一方で、何でも民法90条によって無効だと結論付けるのは、非常に乱暴な法理論でもあります。
そのため、憲法14条の理念を民法90条に融合させて、憲法14条の平等理念に反しているので、民法90条により公序良俗違反で無効だと決定したのです。
なお、男女雇用機会均等法では、昇進や降格など賃金以外のあらゆる性別を理由とした雇用上の差別が禁止されています。
すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。
事業主は、次に掲げる事項について、労働者の性別を理由として、差別的取扱いをしてはならない。
一 労働者の配置(業務の配分及び権限の付与を含む。)、昇進、降格及び教育訓練
二 住宅資金の貸付けその他これに準ずる福利厚生の措置であつて厚生労働省令で定めるもの
三 労働者の職種及び雇用形態の変更
四 退職の勧奨、定年及び解雇並びに労働契約の更新
男女雇用機会均等法で女性の差別はなくなった?
労働基準法では、女性を理由とする賃金の差別のみ禁止されておりました。
しかし男女雇用機会均等法は、雇用の分野における性別による差別を、賃金のみに限らず幅広く禁止するために詳細な規定を置いています。
具体的には以下の点について、性別を理由とする差別を禁止しております。
〇労働者の募集・採用
〇労働者の配置(業務の配分、権限の付与を含む)
〇昇進、降格
〇教育訓練
〇住宅資金の貸付けその他これに準ずる福利厚生措置
〇労働者の職種の変更
〇雇用形態の変更
〇退職勧奨
〇定年
〇解雇
〇労働契約の更新
また労働者の性別以外の事由での労働条件等の差異のうち、実質的に性別を理由とする差別となるおそれのある間接差別も禁止されています。
間接差別とは、性別以外の事由を要件とする措置であって、他の性の構成員と比較して一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるもので、合理的理由がない場合をいいます。
ただし、間接差別として禁止されているのは、厚生労働省令により、以下の項目に限定されています。
(a)身長・体重・体力要件(募集・採用にあたり、労働者の身長、体重または体力を要件とすること)
(b)転勤要件(労働者の募集もしくは採用、昇進または職種の変更に当たって、転居を伴う転勤に応じることができることを要件とするもの)
(c)転勤経験要件(昇進にあたり、転勤経験あることを要件とすること)
例えば、労働者の募集、採用、昇進、職種の変更をする際に、合理的な理由がないにもかかわらず転勤要件を設けることは、「間接差別」となります。
具体的には、労働者の募集にあたって、長期間にわたり、転居を伴う転勤の実態がないにもかかわらず、全国転勤ができることを要件としている場合は、全国転勤ができることという要件に合理的な理由がないとみなされる恐れがあります。
また部長への昇進に当たり、広域にわたり展開する支店、支社などがないにもかかわらず、全国転勤ができることを要件としている場合も、全国転勤ができることという要件に合理的な理由がないとみなされる恐れがあります。
もちろん、全国転勤を採用や昇進の条件とすること自体がダメなのではなく、実質的に性別による差別とみなされるような合理的な理由がない場合に禁止されているに過ぎません。
事業主は、募集及び採用並びに前条各号に掲げる事項に関する措置であつて労働者の性別以外の事由を要件とするもののうち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置として厚生労働省令で定めるものについては、当該措置の対象となる業務の性質に照らして当該措置の実施が当該業務の遂行上特に必要である場合、事業の運営の状況に照らして当該措置の実施が雇用管理上特に必要である場合その他の合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない。
婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱の禁止等
女性の社会進出が促進され、専業主婦が一般的ではなくなった日本社会において、少子化による年金・社会保障の制度疲労や、人口減少による経済の停滞が盛んに叫ばれています。
結婚や妊娠出産を経ても、女性が社会の第一線として活躍することが求められている時代でもあります。
男女雇用機会均等法では、婚姻・妊娠・出産を理由とする、女性労働者に対する不利益な取り扱いを禁止しています。
例えば、婚姻・妊娠・出産を理由として、女性労働者を解雇したり、退職勧奨、パート労働者への身分変更することは当然に禁止されます。
企業に対しては、結婚・妊娠・出産を経ても、特に女性労働者が働き続けられる配慮が求められます。
現実問題として、企業としては産休や育休で長期の休暇を強いられる労働者の穴をどのように埋めるかが課題となります。
代わりの人を雇用しても産休や育休から復帰した際に、穴埋めとして仕事をしてくれていた人に辞めてもらうことも容易ではありません。
産休や育休をとる社員が、重要な業務を担っているほど、なおその穴を一時的に埋めることは企業にとって難しいことになります。
それでも子供を産み・育てることは、将来の日本を担う新たな人材を育てることであり、社会にとって不可欠なことです。
子育てをする労働者が不利益を被るような雇用環境であれば、日本の少子化は益々深刻なものになるでしょう。
労働者が結婚・妊娠・出産・育児・子育てを安心して担える労働環境をつくることが、企業に課された社会的な使命であるのです。
1 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
2 事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
4 妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。
女性に対するポジティブ・アクションは許される
性別によって採用・昇進・賃金等の雇用における差別することが禁止されていますが、それらの差別を是正するためのポジティブ・アクションも法律は認めています。
ポジティブ・アクションとは、積極的差別是正策と訳されますが、差別を是正するために、差別をされている人たちを特別に優遇することをいいます。
賛否両論はあると思いますが、雇用の分野において女性労働者は歴史的に差別されてきました。(少なくても国は女性労働者が歴史的に差別されてきたと考えの基に、法制度を構築しています。)
その差別されてきた女性労働者を積極的に優遇しようというのが、雇用における性差別是正のポジティブ・アクションです。
例えば、「採用する場合の女性の比率を3割以上にする」などのポジティブ・アクションが考えられます。採用における性差別は禁止されていますので、普通に適任だと思う人材を採用していったら、9割が男性になってしまう場合かもしれません。
しかし、最低3割は女性を採用しようというポジティブ・アクションのもとでは、本来1割しか採用しなかった女性に下駄を履かせて3割を採用するわけです。
しかしこのようなポジティブ・アクションには、賛否両論があります。本来の採用されるはずであった男性が、女性に対する優遇策のために不採用となってしまうからです。つまり男性に対する逆差別となってしまうのです。
近年では、女性の社会進出も進み、実力のある女性が社会で活躍する場面も増えました。必ずしも女性が差別されているとも言えない昨今の労働市場において、女性だけを優遇することを法律が堂々と認めていることに疑問を感じざるを得ません。
【女性労働者に係る措置に関する特例】
前三条の規定は、事業主が、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となつている事情を改善することを目的として女性労働者に関して行う措置を講ずることを妨げるものではない。
国は、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇が確保されることを促進するため、事業主が雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となつている事情を改善することを目的とする次に掲げる措置を講じ、又は講じようとする場合には、当該事業主に対し、相談その他の援助を行うことができる。
一 その雇用する労働者の配置その他雇用に関する状況の分析
二 前号の分析に基づき雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保の支障となつている事情を改善するに当たつて必要となる措置に関する計画の作成
三 前号の計画で定める措置の実施
四 前三号の措置を実施するために必要な体制の整備
五 前各号の措置の実施状況の開示
セクシュアル・ハラスメント防止は企業の義務
異性の部下に恋人の有無を聞いたり、私生活や容姿に関して際どい発言をすることが、かつては日常茶飯事だった日本の会社。
飲み会でお気に入りの女性社員を隣に座らせたり、時に胸やお尻を触ったりするなどのスキンシップも珍しくなかったのは古き日本社会です。
今や、特に年の離れた異性への言動に神経をすり減らし、細心の注意を払わなければいつセクハラされたと言われるか知れたもんじゃありません。
日本社会がこれ程、セクハラに過敏になることには賛否両論ありますが、やっている方は無自覚でも、やられている方は酷く不快な思いをしていることもあるのは事実です。
いつセクハラと言われるかと思えば、部下を食事に誘ったり、込み入った世間話をすることさえ躊躇してしまうのかもしれません。
男女雇用機会均等法には、企業が「職場において行われる性的な言動」について対策をとることが義務付けられています。
職場でセクハラが横行しないように職場環境を整えることが企業に課されているのです。
同じ言動でも受け手がどのように感じるかが、決定要因となるのがセクハラですので、親告罪としての性格があるとも言えます。
被害者等の訴えがあってはじめてセクハラが問題となるということになりますが、不快に感じても被害を訴えなかったり、少々のことは我慢してしまうことも多いのかもしれません。
自分の働く職場で波風立てたくないという心理も働くはずです。
人の主観が決定要因なものだけに、考え出すと根が深い問題となるのがセクハラ問題でもあります。
いずれにしても、企業には従業員が働きやすい環境を整える自助努力が求められますし、従業員を大切にすることが企業の成長を支えると言っても過言ではないのかもしれません。
1 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
2 厚生労働大臣は、前項の規定に基づき事業主が講ずべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。
労働者派遣の役務の提供を受ける者がその指揮命令の下に労働させる派遣労働者の当該労働者派遣に係る就業に関しては、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者もまた、当該派遣労働者を雇用する事業主とみなして、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(昭和四十七年法律第百十三号)第九条第三項、第十一条第一項、第十一条の二第一項、第十二条及び第十三条第一項の規定を適用する。この場合において、同法第十一条第一項及び第十一条の二第一項中「雇用管理上」とあるのは、「雇用管理上及び指揮命令上」とする。
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