同一労働同一賃金と非正規労働者差別の限界からみる日本の雇用問題

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年功序列型で昇給や昇格が繰り返されていく日本の雇用制度の基では、同じ仕事をやっていても貰っている給料が違うことは日常茶飯事だ。

簡単に解雇できない正社員のサポートや穴埋めに非正規労働者や派遣社員を使う企業も多い。

そんななか正社員と同じ仕事をやっているのに、雇用形態が非正規社員だからという理由で低い給料で手厚い福利厚生も享受できない状況が問題となってきた。

「同じ仕事を行っているのだから同じ給料が支払われるべきだ」との主張はもっともだが話はそう簡単ではない。

未だに多くの企業は勤続年数や役職によって給料を決める職能給を採用している。

そのためそもそも職務内容と給料が1対1では対応していない状況で、同一労働同一賃金は机上の空論なのだ。

同一労働同一賃金と非正規労働者の差別的待遇について、詳しく見ていこう

「同一労働同一賃金」は大原則


同じ仕事をしている労働者であれば、正社員か非正社員かに関わらず、同じ賃金が支払われるべきであるという同一労働同一賃金の原則は、法律上保証されております。

旧労働契約法20条では、「有期労働契約を締結している労働者の労働条件は、労働者の職務内容等を考慮して、不条理なもので会ってはならない」とし、間接的に同一労働同一賃金を原則としていました。

またパートタイム労働法8条では、「パートタイム労働者の待遇と通常の労働者の待遇の相違は、職務の内容などを考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」とされております。

正社員は、非正規の社員に比べ手厚い身分保障がされているものですが、法律上はあくまで「職務の内容」などによって、社員の待遇を決めるべきだとの建前がとられているのです。

しかし実際は、同じような仕事をしていても、正社員との間に給料やボーナスの有無、福利厚生などの待遇の格差があることが多いのが実情です。

労働契約法律20条

有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。


パートタイム労働法8条

事業主が、雇用するパートタイム労働者の待遇と通常の労働者の待遇を相違させる場合は、その待遇の相違は、職務の内容、職務の内容・配置の変更の範囲(人材活用の仕組みや運用など)、その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。




メトロコマース事件


退職金は正社員だけに支払われる


地下鉄東京メトロの構内の売店における販売業務に従事していたメトロコマース株式会社は、契約社員と正社員との間で、退職金等の額に格差を設けていました。

地下鉄等の構内での売店等で販売業務に従事する契約社員に対する退職金が、正社員との間に差異があることが、旧労働契約違法20条における不条理な差別に当たるかが争われました。

そもそも労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件を不合理なものとすることを禁止したものです。

一般に、長期雇用を前提とする無期労働契約を締結した正社員にだけ退職金制度を設け、非正規社員に退職金制度を設けないことは以下の理由によって、認められています。

・退職金には賃金の後払い、功労報償等の様々な性格があり、長期に亘って会社に貢献することが期待される正社員に対して、福利厚生を手厚くし、有為な人材の確保及び定着を図るなどの目的がある。

  

・正社員にはより高い職務遂行能力や強い責任の程度等が要求される。

  

・正社員は、転勤や配置転換等により、様々な部署等で継続的に就労することが期待されるている。

労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると,両者の業務の内容はおおむね共通するものの、正社員は,販売員が固定されている売店において休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当していました。

そのほか、正社員は複数の売店を統括し、売上向上のための指導、改善業務等の売店業務のサポートやトラブル処理、商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務に従事することがありました。

それに対して、契約社員Bは、売店業務に専従していたものであり、両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できません。

また、売店業務に従事する正社員については、業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の可能性があり、正当な理由なく、これを拒否することはできませんでした。

それに対し、契約社員Bは、業務の場所の変更を命ぜられることはあっても、業務の内容に変更はなく、配置転換等を命ぜられることはなかったものであり、両者の職務の内容及び配置の変更の範囲にも一定の相違があったことが否定できません。

そのため両者の間に退職金の支給の有無に係る労働条件の相違があることは,不合理であるとまで評価することができるものとはいえない。

したがって、売店業務に従事する正社員に対して退職金を支給する一方で、契約社員Bらに対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。



大阪医科大学事件


賞与(ボーナス)の非正規差別は許される


学校法人大阪医科大学でアルバイトとして働いていた原告が、正職員に認められていた「賞与」や「私傷病による欠勤中の賃金」等が支給されないことについて、労働契約法20条における「不条理な」差別に当たるとして訴えたものです。

労働契約法20条は、有期労働契約を締結した非正規労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものです。

正社員と非正規社員の間の労働条件の相違が「賞与の支給」に関するものであっても、労働契約法20条の「不合理」な差別と認められることはあります。

しかし、本件大学の教室事務員である正職員に対して賞与を支給する一方で、アルバイト職員に対して賞与を支給しないという労働条件の相違は、以下の理由により、労働契約法20条にいう不合理と認められません。

・正職員の基本給については、勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており、勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有する。

  

・おおむね、正社員の業務の内容の難度や責任の程度が高く、人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていた。

  

・労働契約法20条の「業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」をみると、両者の業務の内容は共通する部分はあるものの、アルバイトの業務は、相当に軽易であることがうかがわれる。

  

・教室事務員である正職員は、学内の英文学術誌の編集事務等、病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があり、アルバイトの職務の内容と一定の相違があった。

  

・教室事務員である正職員については、人事異動を命ぜられる可能性があったのに対し、アルバイト職員については、原則として業務命令によって配置転換されることはなく、人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていた。

「私傷病による欠勤中の賃金」は、正社員だけ


私傷病による欠勤中の賃金とは、うつ病などの病気によって一定以上会社を休んだ時の保障であり、休んでる期間も一定の賃金が貰えるのが一般的です。

このような病気で会社を休んでいる期間に支払われる「私傷病による欠勤中の賃金」についても、以下の理由により、正社員にだけ支払われることが認められます。

・私傷病による欠勤中の賃金については、長期にわたり継続して就労し、又は将来にわたって継続して就労することが期待される正社員が、生活保障と雇用を維持し確保するものである。

  

・アルバイト職員は契約期間を1年以内とし、更新される場合はあるものの、長期雇用を前提とした勤 務を予定しているものとはいい難い。

  

・そのためアルバイト職員は、「私傷病による欠勤中の賃金」のように雇用を維持し確保することを前提とする制度の趣旨が直ちに妥当するものとはいえない。





日本のメンバーシップ型の雇用での、同一労働同一賃金は非現実的


同等の仕事をしている非正規労働者であれば、正社員との間で賃金の格差を設けることは、不条理なのは言うまでもありません。

しかし、現状では日本の多くの正社員は、その時やっている仕事の成果に対する対価として賃金を貰っているというよりも、長期に亘って会社に貢献することを期待され、勤続年数や役職を考慮のうえで徐々に賃金が上がっていく年功序列型が主流です。

また数年おきに転勤や部署の異動があり、様々な仕事を経験する中で、中長期的なトータルでの会社への貢献を鑑みて賃金が支払われているのが実態です。

そのため、たとえその時は非正規労働者と同じような仕事をやっていたとしても、正社員と非正規社員の待遇に差をつけるのは、致し方ない一面もあるでしょう。

表面上同じ仕事をしているから、同じ賃金を貰うのが妥当だとは、必ずしも言い切れないのです。

一見もっともに聞こえる「同一労働同一賃金」による正社員と非正規社員の均等待遇は、現状の日本の雇用状況にそぐわないのが実情です。

令和2年に出された最高裁判決でも、メトロコマースの退職金は「正社員としての能力や責任を踏まえた労務の対価の後払い」、大阪医科大の賞与は「勤続年数に伴う能力向上に応じた職能給」とし、賃金の格差は、「不合理とまで評価することはできない」と判断しています。



日本郵便事件が認めた非正規社員差別


メトロコマース事件と大阪医科大学事件で、退職金や賞与の正社員と非正規社員との格差が認容されました。

一方で、日本郵便に勤務している契約社員が提起した一連の裁判では、以下の待遇格差について、不条理で違法とされています。

・夏期冬期休暇の付与

・年末年始勤務手当

・私傷病による病気休暇

・年末年始勤務手当

・祝日割増賃金

・扶養手当


夏期冬期休暇

郵便の業務を担当する正社員に対して夏期冬期休暇を与える一方で、郵便の業務を担当する時給制契約社員に対して夏期冬期休暇を与えないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

年末年始勤務手当

郵便の業務を担当する正社員に対して年末年始勤務手当を支給する一方で、同業務を担当する時給制契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

私傷病による病気休暇

したがって、私傷病による病気休暇として、郵便の業務を担当する正社員に対して有給休暇を与えるものとする一方で、同業務を担当する時給制契約社員に対して無給の休暇のみを与えるものとするという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

年末年始勤務手当

郵便の業務を担当する正社員に対して年末年始勤務手当を支給する一方で、本件契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

祝日割増賃金

郵便の業務を担当する正社員に対して年始期間の勤務に対する祝日給を支給する一方で、本件契約社員に対してこれに対応する祝日割増賃金を支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

扶養手当

郵便の業務を担当する正社員に対して扶養手当を支給する一方で、本件契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。





正社員の給料が非正規並みになる業務委託時代の到来


ボーナスや退職金についての正社員の優遇措置が認められたものの、扶養手当等の各種手当の非正規社員に対する格差が違法とされた判決。

世界一過保護だと言われる日本の正社員と非正規社員の待遇格差が縮小したのは間違いありません。

正社員と非正規社員の格差を是正すると言われると、不当な低待遇だった非正規社員が正社員並みの待遇になると思われがちです。

しかし、労働者に払う給料は企業にとっては単なる人件費という経費に過ぎないことを考えると、正社員の待遇を下げる方向に向かうことが危惧されます。

非正規社員の待遇を上げることで増えた企業側の負担を、正社員の給料を下げることで賄うという方向性が現実的なところです。

一度雇ったら、なかなか首にできなくて、長期雇用を確約され、ある程度自動的に昇給が保証された正社員という特権階級は、確実に崩壊しつつあるのです。

極端なことを言えば、正社員か非正規社員かに関わらず、会社が必要な時に必要な報酬を支払って社員を雇い、必要のなくなれば容赦なく解雇にされる時代が到来するかもしれません。

もっと言えば、解雇という概念すら希薄になり、必要な時に必要な業務を発注し、その成果に見合った報酬だけをもらうという、言わば社員が全員、企業と業務委託契約関係を結ぶような働き方が主流となりそうな予感すらあります。

能力のある社員は、次から次へと仕事が舞い込み、高給を稼ぎ反面、無能な労働者へは仕事が回ってこないため報酬もない世界です。

ここには解雇という概念すらありません。使えない人には仕事が振られなく、給料も一円ももらえないのです。



正社員の地位に甘んじていられない情勢


大学受験でも、就職でも、日本は一流のコミュニティへ所属してしまえば、多大な利益を享受できる面が否めませんでした。

一流大学の学歴や、大手企業の高給や福利厚生などは、一度手にしてまえばそう簡単に失わないものです。

半面、入り口でどこの大学や企業に入ったかというブランドばかり意識され、そこで何をやったか、そこでどれだけ成長したかに対しては軽視されがちでした。

正社員の地位を一度手にしただけで、生涯安定した地位が保証される一方、非正規社員は低い地位と恵まれない待遇から、中々這い上がることが出来なかったのです。

厳しい競争を勝ち抜いて、確固とした地位を手に入れた努力と実力に報いるのは、当然と言えば当然です。

しかし、一度手にした安定した地位に胡坐をかき、根暗と怠慢を極める輩が、あまりにも増幅しすぎているのが現代の日本です。

いつ自らの地位が脅かされるかもしれないという緊張感を持つことが、日本企業に活力を取り戻すことになるのかもしれません。



同一労働同一賃金はジョブ型雇用でしか実現できない


日本のメンバーシップ型雇用により年功序列型の賃金制度で、同一労働同一賃金の実現は机上の空論でしょう。

長期間にわたって同じ会社に勤務し、徐々に昇給を繰り返していく賃金体系では、今の仕事と賃金が直結していないからです。

正社員となると会社に忠誠を近い、通常の業務以外でも、転勤や配置転換などの負担も受け入れ、長期的な会社への貢献が期待されます。

そのようなトータルの会社への貢献が評価されたうえで、毎年昇給を繰り返す正社員と、非正規社員を、たとえその時に同じような業務やっていたというだけで同列に扱うことなどできません。

繰り返しになりますが、年功序列型の賃金の基での正社員は、今担当している業務に対して実績だけではなく、配置転換や転勤などを含め長期的な会社への貢献を考慮し、賃金が決定されているのです。

このような日本の雇用慣行を鑑みると、同一労働同一賃金など幻想であることがわかります。

そうはいっても、転職を繰り返してキャリアアップしていくことが普通になった今日において、日本型の年功序列賃金や終身雇用制度は崩壊寸前です。

勤続年数が上がるだけで、半自動的に昇給していくような制度は、徐々に時代遅れとなってきています。

そこで台頭したのが、職務と賃金がリンクしている「ジョブ型」雇用です。

勤続年数ではなく、何の仕事をしているかで賃金がきまる「ジョブ型雇用」は、仕事の内容と賃金がダイレクトにリンクした制度です。

同一労働同一賃金を実現するためには、日本にジョブ型雇用を普及させるしか方法はないでしょう。



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