会社がまだ正式に誕生していない会社設立手続き中になされた行為に関して、その権利義務関係が問題となることがあります。
このてん会社法では「設立中の会社」として、一定の場合に法的な権利主体となることを認めています。
会社が正式に誕生する前と誕生するときの、会社法上の取り扱いを学びましょう
会社の「実体の形成」と「法人格の付与」
ここでは、「実体の形成」と「法人格の付与」の違いが重要となります。設立登記がなされることではじめて、法人格が付与され会社が成立することに注意して下さい。
【株式会社の成立】 株式会社は、その本店の所在地において設立の登記をすることによって成立する。
会社の設立とは、会社という一個の団体を形成するとともに、会社という一個の法人を成立させる手続きをいいます。
「会社の成立」とは、①一個の団体という実体を形成するとともに、②法人格が付与されなければなりません。
そして会社という団体を形成するためには、①団体の根本規範たる定款の作成、②団体の構成員であり出資者である社員の確定、③団体が活動するための機関の具備、の3点が必要です。
さらに法定の手続きに従って会社の実体が形成された後、設立登記がなされることにより法人格が付与され、会社が成立するのです(49)。
株式会社と持分会社の実体の形成
株式会社の実体形成の手続きを、持分会社の場合と比較すると次の表のようになります。持分会社の実体の形成が基本的には定款の作成によって完結するのに対して、株式会社では社員の確定も機関の具備も定款の作成とは別の手続きを要するのです。
株式会社 | 持分会社 | |
---|---|---|
特色 | ①社員の地位が細分化された割合的単位とされる②間接有限責任(104) | ①社員の地位は各社員に月単一であり、その内容が出資の価額に応じて異なる ②合名会社の場合は直接無限責任、合同会社の場合は間接有限責任、合資会社の場合は直接無限責任と直接有限責任 |
定款の作成 | ①発起人が作成する(26Ⅰ)②公証人の認証が必要(30Ⅰ) | ①社員になろうとする者が作成する(575Ⅰ)②公証人の認証は不要 |
社員の確定 | 現物出資者がいる場合は定款に定めるが(28①)、それ以外の埸合は定款外における設立時発行株式の引受け(25Ⅰ、62)及び出資の履行(34、63)によって確定する | 社員の氏名又は名称及び住所が定款記載事項なので、定款作成により社員は確定する(576Ⅰ④) |
社員の提供する出資 | ①定款で定めた坂井豪と現物出資の埸合を除き、定款外で出資が確定する(32Ⅰ②、58Ⅰ②)②出資は設立前に履行されることを要する(34Ⅰ本、63Ⅰ)。もっとも、発起人や設立時募集株式の引受人が期日までに払込みをしない埸合は、失権するが(36Ⅲ、63Ⅲ)、定款に定められた「設立に際して出資される財産の最低額」(27④)を満たしていれば、設立手続を続行することができる③財産出資に限られる(27④、32Ⅰ②、58Ⅰ②) | ①社員の出資の目的及びその価額 又は評価の標準が定款に記般されるので、定款作成により、出資が確定する(576Ⅰ⑥)②社員の出資義務は、合同会社を除き(578)、会社成立前に履行されることを要しない③無限責任社員の出資の目的は、財産出資の他、労務や信用でもよい(民667Ⅱ、会576Ⅰ⑥参照) |
機関の具備 | 株主が当然に機関となるのではなく、設立時取締役や設立時監査役は、発起人により、又は創立総会で別途選任される(38〜41、88~90) | 社員が当然に機関となる(590、599)。ただし、定款で別段の定めを設けることも可能である |
合名会社は、社員相互間の人的信頼関係が前提とされ、また各社員が無限責任を負うために会社債権者保護の必要性は低いといえます。このことは、無限責任社員がいる合資会社についても同じで、合同会社についても、社員相互間の人的信頼関係が前提とされていることが多いといえます。
これに対して株式会社は、各社員が有限責任しか負わないことから、会社債権者保護の必要性は高いといえます。そこで、設立については厳格な規定が置かれ、設立手続は複雑なものとなっています。
すなわち、持分会社の実体の形成が基本的には定款の作成によって完結するのに対して、株式会社では社員の確定も機関の具備も定款の作成とは別の手続きを要するとされているのです。
現行法は会社の実体形成に際し遵守すべき準則を定め、それに従わなければ法人格付与を拒否するとともに、それが遵守される限り当然に法人格を認めるという準則主義を採用しています。
法人格の付与
以上のような実体形成の準則に従って会社の実体が形成されると、法人格が付与されることになります。 このように会社の実体が法人格を取得することを会社の成立といい、その時期は、会社の本店の所在地で設立の登記をした時です(49)。
持分会社の株式会社への組織変更(743、746、747、781)は、すでに存在する法人の組織変更に過ぎず、「設立」にはあたりません。また、特例有限会社もすでに法的には株式会社ですから(整備法2Ⅰ)、特例有限会社が商号中に「株式会社」の文字を使用するための定款変更をすることにより通常の株式会社に移行する場合(整備法45)も、「設立」に該当しません。しかし、両手続きは、もとの会社につき解散の登記、株式会社につき設立の登記をすることになります(920、整備法46)。
設立登記手続・登記事項
登記の時期
会社を設立する際の登記手続きの時期は、911条1項及び2項において決められております。
発起設立の場合、911条1項各号の日(46条1項の調査が終了した日等)のいずれか遅い日から2週間以内の登記をする必要があります。
募集設立の場合は、911条2項各号の日(創立総会の終結の日等)のいずれか遅い日から2週間以内の登記をする必要があります。
【株式会社の設立の登記】
1 株式会社の設立の登記は、その本店の所在地において、次に掲げる日のいずれか遅い日から二週間以内にしなければならない。
一 第四十六条第一項の規定による調査が終了した日(設立しようとする株式会社が指名委員会等設置会社である場合にあっては、設立時代表執行役が同条第三項の規定による通知を受けた日)
二 発起人が定めた日
2 前項の規定にかかわらず、第五十七条第一項の募集をする場合には、前項の登記は、次に掲げる日のいずれか遅い日から二週間以内にしなければならない。
一 創立総会の終結の日
二 第八十四条の種類創立総会の決議をしたときは、当該決議の日
三 第九十七条の創立総会の決議をしたときは、当該決議の日から二週間を経過した日
四 第百条第一項の種類創立総会の決議をしたときは、当該決議の日から二週間を経過した日
五 第百一条第一項の種類創立総会の決議をしたときは、当該決議の日
登記手続
会社設立の登記は、「会社を代表すべき者の申請によって(商登47Ⅰ)。」なされます。
設立が準則に従ってなされたことを確保するために必要な一定の書類を添付し、登記官はそれにより準則が守られたかどうかを判断するのです。
登記の効果
会社の成立
設立登記により株式会社は成立します(49)。会社の設立により、下記の①~③の効果が生じるのです。① 株式引受人は株主となる(50Ⅰ)
② 設立中に遠任された取締役・監査役は会社の機関となる
③ 発起人が設立中の会社の執行機関として行った設立のために必要な行為の効果が会社に帰属する
付随的効果
(1)株式引受の無効・取消しの制限会社が成立した後は、発起人は錯誤を理由とする設立時発行株式の引受けの無効主張又は詐欺もしくは強迫を理由とする引受けの取消しをすることができない(51Ⅱ)。
(2)権利株の譲渡制限(35、50Ⅱ、63Ⅱ)の解消
(3)株券発行の許容と必要
株式に係る株券を発行する旨の定め(214)が定款にある場合(株券発行会社)には、遅滞なく、当該株式に係る株券を発行しなければならない(215Ⅰ)。なお、株券を発行する旨を定款に定めない限り株券を発行することはできない(214)。
登記事項
会社を設立するために必要な登記事項は911条3項に列挙されています。
登記事項は会社内部の根本規則である定款とは異なり、会社の外部の者に対しての公ポ機能を果たすものであるため、取引き上重要な事項が列挙されており、定款の記載又は記録事項とは必ずしも一致していません。
【株式会社の設立の登記】
3 第一項の登記においては、次に掲げる事項を登記しなければならない。
一 目的
二 商号
三 本店及び支店の所在場所
四 株式会社の存続期間又は解散の事由についての定款の定めがあるときは、その定め
五 資本金の額
六 発行可能株式総数
七 発行する株式の内容(種類株式発行会社にあっては、発行可能種類株式総数及び発行する各種類の株式の内容)
八 単元株式数についての定款の定めがあるときは、その単元株式数
九 発行済株式の総数並びにその種類及び種類ごとの数
十 株券発行会社であるときは、その旨
十一 株主名簿管理人を置いたときは、その氏名又は名称及び住所並びに営業所
十二 新株予約権を発行したときは、次に掲げる事項
イ 新株予約権の数
ロ 第二百三十六条第一項第一号から第四号まで(ハに規定する場合にあっては、第二号を除く。)に掲げる事項
ハ 第二百三十六条第三項各号に掲げる事項を定めたときは、その定め
ニ ロ及びハに掲げる事項のほか、新株予約権の行使の条件を定めたときは、その条件
ホ 第二百三十六条第一項第七号及び第二百三十八条第一項第二号に掲げる事項
ヘ 第二百三十八条第一項第三号に掲げる事項を定めたときは、募集新株予約権(同項に規定する募集新株予約権をいう。以下ヘにおいて同じ。)の払込金額(同号に規定する払込金額をいう。以下ヘにおいて同じ。)(同号に掲げる事項として募集新株予約権の払込金額の算定方法を定めた場合において、登記の申請の時までに募集新株予約権の払込金額が確定していないときは、当該算定方法)
十二の二 第三百二十五条の二の規定による電子提供措置をとる旨の定款の定めがあるときは、その定め
十三 取締役(監査等委員会設置会社の取締役を除く。)の氏名
十四 代表取締役の氏名及び住所(第二十三号に規定する場合を除く。)
十五 取締役会設置会社であるときは、その旨
十六 会計参与設置会社であるときは、その旨並びに会計参与の氏名又は名称及び第三百七十八条第一項の場所
十七 監査役設置会社(監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社を含む。)であるときは、その旨及び次に掲げる事項
イ 監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定する旨の定款の定めがある株式会社であるときは、その旨
ロ 監査役の氏名
十八 監査役会設置会社であるときは、その旨及び監査役のうち社外監査役であるものについて社外監査役である旨
十九 会計監査人設置会社であるときは、その旨及び会計監査人の氏名又は名称
二十 第三百四十六条第四項の規定により選任された一時会計監査人の職務を行うべき者を置いたときは、その氏名又は名称
二十一 第三百七十三条第一項の規定による特別取締役による議決の定めがあるときは、次に掲げる事項
イ 第三百七十三条第一項の規定による特別取締役による議決の定めがある旨
ロ 特別取締役の氏名
ハ 取締役のうち社外取締役であるものについて、社外取締役である旨
二十二 監査等委員会設置会社であるときは、その旨及び次に掲げる事項
イ 監査等委員である取締役及びそれ以外の取締役の氏名
ロ 取締役のうち社外取締役であるものについて、社外取締役である旨
ハ 第三百九十九条の十三第六項の規定による重要な業務執行の決定の取締役への委任についての定款の定めがあるときは、その旨
二十三 指名委員会等設置会社であるときは、その旨及び次に掲げる事項
イ 取締役のうち社外取締役であるものについて、社外取締役である旨
ロ 各委員会の委員及び執行役の氏名
ハ 代表執行役の氏名及び住所
二十四 第四百二十六条第一項の規定による取締役、会計参与、監査役、執行役又は会計監査人の責任の免除についての定款の定めがあるときは、その定め
二十五 第四百二十七条第一項の規定による非業務執行取締役等が負う責任の限度に関する契約の締結についての定款の定めがあるときは、その定め
二十六 第四百四十条第三項の規定による措置をとることとするときは、同条第一項に規定する貸借対照表の内容である情報について不特定多数の者がその提供を受けるために必要な事項であって法務省令で定めるもの
二十七 第九百三十九条第一項の規定による公告方法についての定款の定めがあるときは、その定め
二十八 前号の定款の定めが電子公告を公告方法とする旨のものであるときは、次に掲げる事項
イ 電子公告により公告すべき内容である情報について不特定多数の者がその提供を受けるために必要な事項であって法務省令で定めるもの
ロ 第九百三十九条第三項後段の規定による定款の定めがあるときは、その定め
二十九 第二十七号の定款の定めがないときは、第九百三十九条第四項の規定により官報に掲載する方法を公告方法とする旨
設立中の会社
会社は本来登記により成立するので、そのときに権利義務の主体となるはずです。しかし、登記以前でも設立事務所の賃借等をする必要はあります。このような場合、事務所の貨貸人は会社成立後、会社に対して賃料を請求できるのでしょうか。これを常に否定すると賃貸人にとってのみならず、会社にとっても不都合であり、企業維持の要請、取引きの安全保護の要請に反します。そこで通説は、「設立中の会社」という概念を用いて、会社成立前の行為を会社成立後に効果帰属しようとしています。
この設立中の会社の意義について通説は同一性説を採り、設立中の会社の行為は当然に成立後の会社に帰属するとしています。このような行為を実際に行うのは発起人ですが、設立中の会社の実質的権利能力の範囲と発起人の権限の範囲については争いがあります。
「設立中の会社」に関して、会社財産維持の要請も考慮されます。これについてどの説をとるにせよ、発起人が権限の範囲を超えた行為をした場合、発起人の権限の範囲外の行為の会社成立後の追認の可否が問題になります。
この点につき、肯定説をとった場合は会社が追認すれば貨貸人は会社に賃料を請求することができますが、否定説をとった場合、あるいは肯定説をとっても追認がない場合は、相手方としては発起人に何かしらの請求をすることが考えられます。そこで、開業準備行為の効果が成立後の会社に及ばない場合の発起人の責任が問題になります。
これに対し、発起人が上記の権限内で行為を行ったとしても、会社成立後において、未だ設立費用の債務が履行されていないような場合は、相手方は誰に債務の履行を請求すればよいのかという点について、設立費用の帰属が問題となります。
設立中の会社の意義
設立登記前の設立途中の社団のことを、設立中の会社といいます。設立中の会社は、人の集合体ではあるが、未だ法人格(権利能力)が与えられていないため、権利能力なき社団とされます。会社は設立登記により成立し(49)、権利義務の主体となります。
しかし設立登記以前であっても、発起人は社団形成行為・法人格取得行為(ex.定款作成、取締役・監査役の選任、設立登記等)や、設立に必要な取引行為(ex.設立事務所の賃借等)等の行為を行うことがあるでしょう。
これらの行為の効力は、成立後の会社に帰属すべきものといえます。そこで通説は、「設立中の会社」という概念を用いてこれを説明しているのです。
設立中の会社の成立時期については争いがありますが、一般的には発起人が定款を作成し、かつ、各発起人が一株以上を引き受けた時と考えられています。
設立中の会社という概念は、主として、実体形成過程で発起人が行った種々の行為の効果が成立後の会社に帰属する関係を説明するために用いられています。
設立中に発起人がなした法律行為の効果は成立後の会社に帰属するか
法人格が付与されていない段階においても、会社の社団形成自体は徐々に行われているのであり、一定の段階で権利能力なき社団たる設立中の会社の成立を認めることができます。
この設立中の会社が法人格を付与されることにより会社として成立するのであるから、設立中の会社と成立後の会社は実質的に同一のものであるといえるでしょう。
よって発起人が設立中の会社の機関として行った設立のために必要な行為の効果は、会社成立前においても実質的には設立中の会社に帰属しているのであり、会社の成立とともに形式的にも当然に会社に帰属するに至るものと解されます。
発起人組合
発起人が複数存在する場合、設立手続に入る前に会社の設立を目的とする組合契約が締結されます(発起人組合、民667以下)。
発起人による定款作成、株式引受等は、この発起人が組合契約により合意した内容の履行として行われるのです。
また設立事務の遂行は、組合契約の履行としての側面と、設立中の会社の執行機関の行為としての側面という二面性を有します。
設立中の会社は、設立登記がなされることによって、法人格の取得が認められ完全な株式会社になります。これに対して、発起人組合は、会社が成立することによって、通常その目的が達成されたこととなり解散することとなります(民682)。
このように発起人組合と設立中の会社は密接に関連しますが、法律的にはまったく別個の団体です。なお、発起人組合の決議は、発起人の1人1議決権による多数決でなされます(民670)。
設立中の会社は事業行為をなし得ないが、発起人組合の目的の範囲内であれば、組合代理権が認められる範囲内で組合に帰属する。そして本判例は、発起人組合の組合員の過半数がなした取引の効果は発起人組合全員に帰属するとした。
設立中の会社に実質的に効果帰属する行為の範囲
発起人の行為
設立段階において発起人が行うことのある行為としては、以下の4種類があります。
①定款の作成、創立総会の招集などの、「法人たる会社の形成・設立それ自体を目的とする行為」
②設立事務所の賃借、設立事務員の雇入れなどの、「会社の設立にとって法律上・経済上必要な行為」
③営業事務所の賃借、製品の供給契約、成立後の会社の従業員の雇入れなどの、「会社の営業を開始する準備行為(開業準備行為)」
④「営業行為」
設立中の会社の実質的権利能力の範囲と発起人の権限の範囲
設立段階において発起人が行った行為のうち、設立中の会社に実質的に効果帰属するのはいかなる範囲の行為かが問題となります。たとえば、発起人が設立事務所を賃借する行為や、成立後の会社の従業員を雇い入れる行為の効果が会社に帰属するのでしょうか。
設立中の会社に実質的に効果帰属するためには、その行為が設立中の会社の実質的権利能力の範囲内の行為であり、かつ、発起人の権限の範囲内の行為であることが必要です。そこで、①設立中の会社の実質的権利能力の範囲、②発起人の権限の範囲が問題となります。
①設立中の会社の実質的権利能力の範囲
設立中の会社は、単に会社の設立のみを目的としているのではなく、会社として成立した後に営業行為を行う準備をも目的としています。そこで設立中の会社の実質的権利能力の範囲は、その性質上営業行為には及びませんが、それ以外は成立後の会社と同様であると解されます。
②発起人の権限の範囲
会社の設立に必要な行為に限らず、開業準備行為も発起人の権限に含まれますが、そのうち財産引受については、濫用防止のため特に法定の要件をみたすことを要します。しかしこのように考えると、財産引受以外の開業準備行為も、その危険性においては財産引受と異ならないにもかかわらず、無制限に発起人の権限に属することになり、設立に関する厳格な規制の趣旨に反します。
そこで発起人の権限は、原則として会社の設立にとって法律上・経済上必要な行為に限られますが、法定の要件をみたした場合に限り、財産引受にも及ぶものと解されるのです。
よって設立事務所の賃借は設立に経済上必要な行為であり、発起人の権限に含まれますが、従業員の雇入れは開業準備行為であり、発起人の権限に含まれないと解されます。
発起人の権限の範囲外の開業準備行為の効果
創立総会による変態設立事項の変更
定款に記載のない財産引受等、発起人の権限の範囲外の行為がなされた場合、創立総会において変態設立事項に関する定めを定款に追加して(96)、当該行為の効果を会社に帰属させることができるかが問題となります。
変態設立事項に関する法の厳重な規制は、かかる事項が発起人により濫用されることにより、会社の財産的基礎が害されるのを防止するためです。
そうだとすれば創立総会における定款の変更権(96)も、原始定款が不当な場合に、これを監督是正する立場からかかる事項を縮小・削除するためにのみ行使されるべきでしょう。
よって創立総会において、変態設立事項に関する定めを追加又は拡張し、原始定款に記載・記録のない変態設立事項の効力を認めることはできないと解されます。
【定款の認証】
1 第二十六条第一項の定款は、公証人の認証を受けなければ、その効力を生じない。
2 前項の公証人の認証を受けた定款は、株式会社の成立前は、第三十三条第七項若しくは第九項又は第三十七条第一項若しくは第二項の規定による場合を除き、これを変更することができない。
【創立総会における定款の変更】
第三十条第二項の規定にかかわらず、創立総会においては、その決議によって、定款の変更をすることができる。
A 否定説(弥永、前田、江頭)
創立総会において、新たに変態設立事項に関する規定を追加し、又は既存の規定を拡張することは以下の理由により許されない。① 法は変態設立事項を会社にとっての「危険な約束」と捉え、会社の財産的基礎が害されることのないよう厳重な規制を設けているのであり、96条の変更権も、このような立法趣旨から制約を受ける。
② 変態設立事項については原則として検査役による調査が要求されており、創立総会はその調査結果を前提として決議することが予定されている。仮に創立総会で追加・拡張が可能であるとすると、検査役の調査が及ばない事項について創立総会が決議する結果となる。
③ 創立総会に欠席した株主の利益を考慮すべきである(弥永)。
B 肯定説(立法担当者、神田)
裁判所の選任する検査役の調査を条件に、創立総会による変態設立事項の追加的・拡張的変更を認める。(理由)① 会社法は、創立総会が変態設立事項について定款変更決議を行った場合に、変更に反対した株主は株式引受けの意思表示を取り消すことができる(97)としており、定款の記載を信頼して株式を引き受けた者の保護が図られている。
② 追加・拡張部分について検査役の調査を条件とすれば、追加的・拡張的変更を認めても会社債権者の利益を害することはない。
成立後の会社による追認の可否
一方で、会社が成立した後に、発起人によってなされた権限の範囲外の行為を会社が追認して、会社自身に効果帰属させることはできないのでしょうか。
定款の定めのない財産引受は無効であり、この無効はいずれの当事者も主張できるものであって、会社成立後会社側からの追認により瑕疵は治癒されません。
しかしこれでは会社の営業に必要な財産を譲渡することを約した相手方に履行を拒む口実を与えることになり、かえって会社の保護に欠けることになります。
思うに発起人の権限外の開業準備行為であっても、設立中の会社の実質的権利能力の範囲内に属するのであるから、発起人の行為は民法113条以下の無権代理と同様に考えられるでしょう。
よって成立後の会社は、発起人によってなされた権限の範囲外の行為を追認して、自己に効果帰属させることができると解されます。
そして会社が追認するには、成立後の会社が新たに当該行為をする場合に要求される要件をみたすことが必要です。
具体的には通常の場合は代表取締役によりなされるが、362条4項各号にあたる場合は取締役会の決定が必要であり、また、事後設立(467Ⅰ⑤)や他の会社の事業全部の譲受け(467Ⅰ③)にあたる場合には株主総会の特別決議が必要です。
A 否定説(判例、従来の多数説、立法担当者)
発起人の権限外の開業準備行為は無効であり、会社側が追認しても瑕疵は治癒されない。(理由)
① 28条2号は、定款に記載又は記録のない財産引受は「その効力を生じない」としており、定款の記載を欠く財産引受は無効であるから、無効の当然の効果として会社のみならず相手方も無効主張をなし得る。
② 追認を肯定すると、会社の一方的意思表示により有効とすることができることになり、財産引受を厳重な監督下におき、株主のみならず会社債権者の利益をも保護しようとする法の趣旨を没却する。
B 肯定説(神田、弥永、前田)
成立後の会社は、発起人の権限外の開業準備行為を追認して、自己に効果帰属させることができる。(理由)
① 追認を否定すると、日的物が値上がりした場合等に相手方に履行を拒む口実を与えることになり、かえって会社債権者を含む会社の利益を害することになる。
② 発起人の権限外の開業準備行為は、無権代理と同様に理解することができる。
(批判)
① (追認は事後設立手続によるとする説に対して)会社法は、事後設立について検査役の調査を不要としており、会社側の追認を認めると、財産引受規制が実質的に無意味となる。
② 検査役に対価の相当性以外(それらの行為の必要性)を調査する能力があるか疑問である(江頭)。
(反論) (批判①に対して)事後設立について検査役の調査が不要とされたのは、成立後の会社には監視機構が整備されていることに注目したからであり、追認についても監視が十分に働く。
C 限定肯定説
募集設立の場合には追認を認めるが、発起設立の場合には原則として追認は認められず、検査役の検査が不要なとき(33X)のみ追認が認められる。(理由)
① 発起設立の場合、財産引受について原則として裁判所選任の検査役の調査が必要であり、その不当性の判断は裁判所に委ねられている(33Ⅶ)から、会社の内部的意思決定のみにより追認を認めるのは問題である。
② 募集設立の場合、調査の結果の不当性の判断は創立総会に委ねられており(96参照)、創立総会に匹敵する成立後の会社の株主総会で追認することも認められる。
事案: 定款に記載のない財産引受の相手方が、財産引受の無効を主張して目的物の返還を求めた事案。なお、会社側は、設立登記後、平成2年改正前246条(会社法467条1項5号、309条2項11号)所定の株主総会特別決議により、本件財産引受を承認していた。 判旨: 「168条1項6号(会社法28条2号)にいわゆる財産引受は現物出資に関する規定をくぐる手段として利用せられる弊があったので、これを防ぐため現物出資と同様な厳重な規定を設け、公証人の認証を受けた定款にこれを記載しないと財産引受の効力を有しないものと定められたのである。従って単に財産引受は会社の保護規定であるから、会社側のみが無効を主張し得るということはできない。この無効の主張は、無効の当然の結果として当該財産引受契約の何れの当事者も主張ができるものである。…財産引受が定款上無効な場合と雖も、会社成立後に新たに商法246条(会社法467条1項5号、309条2項11号)の手続をふんで財産取得の契約を有効に結ぶことは可能であるが、…単に会社側だけで無効な財産引受契約を承認する特別決議をしても、…これによって瑕疵が治癒され無効な財産引受契約が有効となるものとは認めることができない」
開業準備行為の効果が成立後の会社に及ばない場合の発起人の責任
発起人の権限外の開業準備行為であっても、成立後の会社はこれを追認することで有効なものとできますが、会社が追認しない場合、発起人は相手方に対していかなる責任を負うかがもんだいとなります。
発起人の権限外の開業準備行為は、本人に無断でなされた代理行為である無権代理人の行為に準じて考えることができます
よって会社が追認しない場合、相手方は民法117条1項類推適用により、発起人に対して責任追及できると解されるのです。
もっとも発起人がすでに会社が成立したかのように装った場合や、明示的に会社の成立を条件としていた場合には、相手方には原則として「過失」(117Ⅱ)が認められると解されます。
なぜなら会社成立が条件とされた場合、相手方は発起人に当該開業準備行為を行う権限がないことを知り得たといえるからです。
【無権代理人の責任】
1 他人の代理人として契約をした者は、自己の代理権を証明したとき、又は本人の追認を得たときを除き、相手方の選択に従い、相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負う。
2 前項の規定は、次に掲げる場合には、適用しない。
一 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が知っていたとき。
二 他人の代理人として契約をした者が代理権を有しないことを相手方が過失によって知らなかったとき。ただし、他人の代理人として契約をした者が自己に代理権がないことを知っていたときは、この限りでない。
三 他人の代理人として契約をした者が行為能力の制限を受けていたとき。
民法117条1項類推適用説
会社が追認しない場合、117条を類推適用して発起人の責任を認めるのが通説である。もっとも、この場合117条2項の「過失」についてどのように考えるかについては見解が分かれる。
A 原則として過失ありとする見解(弥永)
発起人がすでに会社が成立したように装い、代表取締役として開業準備行為をしたような場合には、発起人は無権代理人の責任を負うが、明示的に会社の成立を条件として契約を締結した場合には、原則として相手方に過失があり、無権代理人としての責任は否定される。 (理由)会社成立を条件として契約した場合、相手方は会社が成立していないことを知り得たはずであり、発起人に代表権限がないことを知り又は知り得べきであったといえる。
B 原則として過失なしとする見解
特別の事情がない限り、相手方に過失はないとしてよい。(理由)
① 開業準備行為とはいっても、定款への記載等の手続きを踏めば発起人の権限に属するのであるから、開業準備行為であることを知っていても、そのことから直ちに117条2項の「悪意」とはいえない。
② 取引安全の見地からは、未登記の会社の定款に当該財産引受が記載されているかを確認することを要求するのは酷であり、「過失」があるとはいえない。
事案: Yは、A会社の設立中、A会社の宣伝のため、A会社名義でX球団と野球試合実施契約を締結した。Xは、当時すでにA会社が存在し、Yがその代表取締役であると信じていた。その後、約定の報酬・費用等が支払われなかったため、Xが民法117条1項類推によるYの責任を追及し、右金員の支払を求めた事案。 判旨: 「本件契約は、会社の設立に関する行為といえないから、その効果は、設立後の会社に当然帰属すべきいわれはなく、結局、右契約はYが無権代理人としてなした行為に類似するものというべきである。尤も、民法117条は、元来は実在する他人の代理人として契約した場合の規定であって、本件の如く未だ存在しない会社の代表者として契約したYは、本来の無権代理人には当たらないけれども、同条はもっぱら、代理人であると信じてこれと契約した相手方を保護する趣旨に出たものであるから、これと類似の鬨係にある本件契約についても、同条の類推適用により、前記会社の代表者として契約したYがその責に 任ずべきものと解するを相当とする」として、民法117条1項類推によるYの責任を認めた。
設立費用の帰属
設立に必要な費用については、本来成立後の会社が負担すべきものです。しかし、無制限な支出により会社の財産的基礎が害されることを防止するため、28条4号は会社が負担すべき設立費用を変態設立事項とし、厳格に規制しています。発起人が設立費用をすでに支払った場合には、その限度で会社に求償できるにとどまります。
では会社成立後において、未だ設立費用の債務が履行されていない場合、その債務の帰属をいかに解すべきかが問題となります。設立費用に関する規定が、発起人・会社間の内部関係にとどまらず、第三者との関係における債務の帰属にも影響するのかが問題となるのです。
設立費用に関する規定は第三者との関係でも意味があるものであり、法定の要件をみたした金額の限度で成立後の会社に帰属し、それを超えた債務については発起人が負担すると考えられます。
しかしこれでは設立費用の債務の帰属が会社の内部事情により決まることになり、相手方の立場が不安定となるし、設立費用に関する多数の債務が存在する場合、どの債務がどの範囲で会社に帰属するのかが明確ではありません。
発起人の権限の範囲内の行為の効果は、当然に成立後の会社に帰属します。
よって設立費用に関する債務は全額成立後の会社に帰属し、会社が負担すべき設立費用を超える部分について会社から発起人に対して求償し得るものなるのです。
法定要件をみたした額の限度で会社に帰属するとする説(判例、立法担当者)
設立費用の債務は、法定要件をみたした金額の限度で対外的に会社に帰属するが、それを超える部分については発起人が対外的に責任を負うとする説。(理由)
設立費用に関する規定は、第三者との関係でも意味があるものである。
(批判)
① 設立費用の債務の帰属が、定款への記載等の会社の内部事情により決定されることになり、相手方の地位を不安定にする。
② 設立費用に関する複数の債務がある場合に、どの債務がどの限度で会社に帰属するのかの決定が困難である。
全額会社責任説
設立費用に関する債務は全額会社に帰属し、会社は会社が負担すべき設立費用を超える部分について発起人に求償し得るとする説。(理由) ① 設立中の会社に関して同一性説をとり、発起人の権限は設立に直接必要な行為に限られないとする見解に立てば、設立費用に関する債務は成立後の会社に帰属する。
② 設立費用に関する規定は、発起人・会社間の内部関係を定めたものに過ぎない。
③ 会社は設立費用の発生原因たる行為により利益を受けており、利益を受ける主体と債務を負う主体が一致することが法律関係上、簡明である。
(批判)
取引きの相手方は発起人の信用をあてにして取引きをしたのであり、会社が成立したからといって、会社に対してしか履行を請求できないという結果は不当である(前田)。
全額発起人帰属説(前田、江頭他)
設立費用に関する債務は発起人に帰属し、法定の要件をみたした設立費用の限度で、発起人は会社に対して求償し得る。(理由)
① 発起人の権限は設立自体に必要な行為に限られるとする見解からは、会社の形成・設立自体に関しない行為に基づく権利義務は会社に帰属せず、発起人に帰属する。
② このように考えれば、発起人の財産状態いかんにかかわらず、会社が負担する設立費用は法定の要件をみたしたものに限られ、会社財産の確保に資する。
③ 取引きの相手方は発起人の信用をあてにして取引きをしたのであるから、発起人に対して請求できれば必要にして十分である(前田)。
発起人・会社重畳的責任説(神田、弥永他)
設立費用に関する債務は成立後の会社に帰属するが、発起人もこれについて責任を負う。(理由) 一般に権利能力なき社団の場合には、社団の財産をもって責に任ずるとともに、代表者も責に任ずるものと解すべきである。そして、設立費用に関する債務は設立中の会社の債務であり、成立後の会社に引き継がれる
(B説の理由①参照)が、そのことは設立中の会社の債務につき責任を負わされた発起人の免責を許すものではない。
(批判) ① そこまでして取引きの相手方を保護する必要があるか疑問である(前田)。
② 会社が成立した後はもはや権利能力なき社団ではなく、重畳的に責任を認める必要性はない。
事案: 設立手続中のA会社の発起人Yの依頼により株式募集の広告をしたXが、Yに対して広告料の請求をした事案。なお、A会社の創立総会において、広告料の一部について会社が負担すべき設立費用として承認されていた。
判旨: 「発起人ガ株式会社ノ為ニスル行為ニハ、其ノ設立事務ノ執行二必要ナル行為卜然ラザル行為トアルモノニシテ、右ノ中設立事務ノ執行二必要ナル行為ニ付テハ、発起人ハ会社ヲ成立セシムルコトヲ目的トシ、既ニ成立シタル上ハ其ノ行為ノ一切ノ効力ヲ之ニ帰属セシメントスルノ目的ヲ以テ之ヲ為スモノナレバ、会社ガ成立シ其ノ創立総会ニ於テ発起人ノ為シタル行為ヲ承認シタルトキハ、発起人ノ第三者卜為シタル契約ヨリ生ズル権利義務ハ其ノ性質上当然会社ニ移転シ、発起人ハ其ノ法律関係ヨリ脱退スルモノトス」